「カップルじゃない」と言い張る、見るからにカップルの常連客@ヨルダンの本屋
●常連 “カップル”の彼女
この店には、ある常連の学生カップルがいた。
「あ!あのカップル今日も来てるね」とスタッフに話しかけると、「でもあの子たち『カップルじゃない』って言い張るよ笑」と言われた。ええ!見るからにカップルだけど…。
後から知ったが、なんとイスラムの文化では「付き合う」がNGらしい。NGというか、厳密には「デート=付き合う=結婚」らしいのだ。荒く言えば多分、「デートしたってことは結婚するってことですよね、ハイ、一族のみんなを巻き込んで大忙し」みたいな感じだろうか?
だから「恋人と2人きりで出かける」なんてもってのほかで、周りには「僕たちは友達です、これはデートではありません」としなければならないらしい。あの二人もそういう感じなのかな…。私は2人の関係性には特に触れずに、ただ微笑ましく見ていた。
●ノルハーンの憧れ「夏祭り」
“カップル”の彼女の方は、本屋に来るとまずトイレの鏡を見に行き、頭に巻いている布(ヒジャブ)のバランスを確認するところが本当に女の子らしいと思った。日本ではよく女子高生がトイレの鏡で一生懸命に前髪の黄金比を追求しているが、世界中どこでもこの「最重要微調整」は行われているのだ。
私が初めて本屋に来たときに、そんな彼女から視線をかなり感じた。「チラチラ見られていた」というよりは「チラチラチラチラチラ見られていた」だったので、さすがの私でも気がつく。
そして突然ダダっと駆け寄ってきて、「あなた日本人なの…!?名前は何?私はノルハーン!」と声をかけてくれた。ここまで私に興味を持ってくれるお客さんはいなかったのでとても嬉しかった。
ノルハーンは、日本のドラマや漫画にめちゃくちゃ詳しく、日本が大好きと言ってくれた。それにしても「日本が大好き」ってめちゃくちゃアバウトじゃないか..と思ったが、まあ嬉しいし、良しとしよう。
好きな日本のキャラクターは、少女漫画「君に届け」の風早くんらしい。風早くんといえば日本の女子の大半が恋に落ちたことのあるキャラクターだが、よく知っているなあ。
ノルハーンが同担拒否でないことを願うばかりだ。
そんなノルハーンは「日本の夏祭りに行ってみたい」と目をキラキラさせていた。理由を聞くと、「だって浴衣を着て、草履を履いて出かけるでしょ?そしたら草履の鼻緒が切れて、歩けなくなっちゃうでしょ?それで男の子が心配して、おんぶしてくれるかもでしょう!?」
ハア!すごい!ヨルダンに住む女の子が、そんな日本の少女漫画あるある(?)の流れまでしっかり履修済みだとは。きっとノルハーンは、食パンを加えて「遅刻遅刻〜!」と角を曲がって転校生の男の子とぶつかる流れも知っているだろうな。
ん…?「デート」はダメでも、
「おんぶ」はいいのか?
…いかんいかん!いかん。こんな真理に触れてしまったらば、私の命が危うい。
●ノルハーンと名前
ノルハーンはある日当店のカフェで、私を含む外国人たちに話しかけて「アラビア語の名前をつけてあげる!」と言い出した。彼女がとっても楽しそうだったので、私もつけてもらうことに。
「う〜〜ん。フウは、アラビア語でいう『太陽』っていう単語で名付けたい!だってあなたの笑顔はとってもゴージャスで、みんなに幸せを振り撒いてるから」
そう話すノルハーンの笑顔こそとってもキラキラしていたが、こうして私は太陽という名前をもらった!何より「笑顔がゴージャス」ってとても素敵な表現じゃないの…。私は感激してしまった。
そんなノルハーンはある日、「私ね、日本に行ったら『さくら』って名乗ろうと思ってるの」と教えてくれた。日本に来た時の名前まで考えてくれていたのが嬉しかった。
海外ではよくあることだが、現地の人とスムーズに呼び合えるように「その国用の名前」を用意することがある。
でも日本においては、「日本用の名前を用意する文化」ってあまり馴染みがない気がするなあ。中東から来た女の子が日本で「さくら」と名乗るのも素敵だけど、「ノルハーン」でも十分な気がしていた。日本人ならカタカナでスッと理解できるだろう。
う〜ん。もしかしたら、この子は「日本っぽい名前」が欲しいのかな?そこでふとこんな提案をしてみた。「さくらもいいけどさ、ノルハーンだから『ノルちゃん』って呼んでもらうのはどう?そっちの方が自然な気がするし、ノルちゃんってかわいいよ」
するとノルハーンは大きい目をさらに開き、「…ちゃん!?ノルちゃん!?」とうっとり。
草履の「鼻緒」を知っているほど日本語リテラシーが高い彼女のことだから「○○ちゃん」という表現も知っているだろう…と見越しての提案だったが、それを自分に当てはめることは今まで思いついていなかったようで、パァっと感激する姿を見て私まで嬉しくなった。
●ノルハーンの夢
あまりに日本のあれこれに詳しすぎるノルハーン。さぞかし「漫画漬けの人生」を送っているのだろうな…と思ったていたら、彼女はなんと当店のカフェで、医学部を目指して毎日勉強していた。恐れ入った。
というかこの店のお客さんには医学部とか医者が多い!どういうことなのかはわからないが、ただただ客層が良くて感謝感謝である(またのお越しをお待ちしております)。
彼女は、医者の中でも解剖医になりたいのだそうだ。「え!解剖医なんて素晴らしいじゃん!絶対なれるよ!」と応援すると、ノルハーンは笑いながらこう言った。
「でも私、エジプトで生まれたの。エジプトは政治が腐敗してるから小さい時に家族でヨルダンに引っ越してきて、多分ヨルダンにずっと住むと思う。で、『解剖医』っていう仕事なんだけど、『その国で生まれた人』しか就けないの。だから私はどれだけ勉強しても、解剖医にはなれないかもしれなくてさ。…でもとりあえず、勉強はしておこうかなって!」
彼女の笑顔はキラキラしていた。
そうなんだ。解剖医って、そんなシステムなのかあ。何も知らずに「絶対なれるよ〜!」と言ってしまったな。もちろん、応援の気持ちに変わりはないけれど…。
う〜ん。私はどうしたらいいか分からなくなって、おもむろに彼女の心に草履を履かせて鼻緒をちぎり、おんぶしてあげることしかできなかったのだった。
ノルちゃんは、ずっとニコニコしていた。
常連の彼女編・fin