中東滞在で「一番困ったもの」は治安でもアラビア語でもなく「椅子」だった
●イスラムの暦、初経験
いつもの本屋でのある日。「今日、お客さん多くない?」
他のスタッフに聞くと、「金曜日だからね」とのことだった。
なるほど。西洋社会なら土日休みだが、ここはイスラム社会なので金土が休みらしい(住むまで知らなかったが)。つまり今日は休日だ。
そして、平日ど真ん中である水曜が、この本屋の定休日であった。
●定休日に出かけたのが全ての始まり
次の水曜日、せっかくなのでバスで街まで出かけることにした。首都まで30分ぐらいで着くから、かわいいアラブのアイテムを物色しちゃおう。
バス停で待っているとバスが来た。
バスに入って、空いている席に座る。。
よいしょ。
んえ?
イッッッッテエエエエエ!!??
なにごとか。私の声である。「イタ〜〜イ!」ではなかった。そして意味がわからない。手を見ると、血が出ている。なんで...?バスの椅子に座ったら、血。すぐには理解ができなかった。
どうやら、座席のスポンジにボフッ♪と座った反動で、椅子の中の鋭利な金属がピヨッ♪っと飛び出してきて、手が切れたらしい。
な〜んだ!簡単な仕組み♪
●安全大国出身には難しすぎる
しかし…フワフワの椅子に腰掛けたら、手が切れるなんて。どの日本人が想像できようか?私はその時初めて、「椅子に絶対的な信頼を寄せていたんだな」と自覚した。
おいおい、こんな事態があるなら、ヨルダンに来る日本人は空港で6000円払う代わりとして「鋭利な部品が飛び出す可能性」のオリエンテーションビデオを観るべきではないのか????
その場で大使館に提言の電話を入れたのは、言うまでもない。
(入国エピソードはこちら)
●目に見えない菌の怖さ
チロリチロリと出てくる血よりも怖いのが、入ってくるバイキン関連である。小学生の時にファーブルの伝記を読んで菌の脅威を学んだ私は、肉眼で見えない"アラビアンな菌"に対して漠然と不安が募った。わ、私っ、大丈夫なの〜〜!?
が、一応、死なないことは分かっていた。
なぜなら日本を出る時、「そういえば、ヨルダン生活って全く想像できないし、予防接種とか要るのかな?」と、念のため日本でワクチンを打っておいたのだ!!スゴイ!偶然!
●〜日本の病院のシーン〜
ヨルダン渡航の直前、「海外旅行の準備に強い」という病院に行ってみた。
私「もうすぐヨルダンに行くので、オススメの注射を打ちまくっていただきたく..」
医者「それなら、あれとこれと、破傷風の予防接種も打ちましょう。」
私「ハショウ…フウ??保健の教科書で見た気がしますが、何かは忘れました。」
医者「金属が刺さって、バイ菌が入る病気です。大変危険です。」
私「え?金属が刺さるって…。どういう状況?w」
おいおいドクター?(笑)(笑) 私はですねえ、本屋でまったり働くだけですよ?一体どうしたら、日常生活で金属が身体に刺さるっていうの!?w
安土桃山系ドクター?
しかしお医者さんが、「僕なら絶対に打ちますね。もし打たない気なら、そこのソファーでしばらく、本当にいいのかよく考えてください」とまで言ってくれた。
破傷風って、そんなに危険なのか…。そこまで勧めてくれるなら、とそれも打ってもらった。加えて「もしこういう怪我をした場合や、動物に触れ合った場合は、すぐさま石鹸で執拗に〜〜」という説明もつけてくれたが、もう多すぎて&細かすぎて&非現実的すぎて、覚えられなかった。
●大人を泣かせる注射
数々の予防接種は、涙の避けられない注射だった。それは、何本も何本も打たれたからとか、めちゃくちゃ痛かったらではない。注射費用が、航空チケット並みに高かったからである。
日本からヨルダンまでは遥々の道のりがあるわけだが、そのチケットと同じ出費って何????
まあ、、。。もしヨルダンで何かの病気になって、目力と髭力のすんごい医者から意味不明のアラビア語で診断を受け、不安に怯えながら死ぬよりマシだよな。。
そうやって自分をなぐさめるため、帰りにフラペチーノの出費まで重なってしまった。(号泣)
●止まらぬバス、為す術無し
病院の回想は以上で、ヨルダンのバス内のシーンに戻る。
小さな傷を見つめながら、「おお、これはまさに体に金属が刺さったシチュエーションなのでは?」と理解が追いついてきた。「本当に刺さるものですなあ〜!」と、注射を打ってくれたお医者さんの顔が浮かぶ。
こうしてバスの中で傷口を塞ぎながら「早く清潔な水で洗いたい...」と願う少女の思いをよそに、バスは30分間止まらなかった。街に降りたらすぐにルンルン観光するはずが、一目散に水を買って、道端で手をゴシゴシ洗うことになるとは…。
でもこれ…どんぐらい洗えば十分なんだろ?「ただの水だけで洗って意味あります?」と聞いてみたものの、傷は沈黙を貫いている。もう、いいか。
とりあえず傷のことは一旦忘れて、一通りお出かけをすませた。なんせ本屋の定休日は週に一度なのだから、この瞬間を楽しまなければならない。
●本屋へ帰る
街から帰るとき、今度は金属が飛び出してこないように慎重にバスに座って、我が家である本屋に向かった。
本屋に着くと、まばゆく光るダイヤモンドを発見。よく見ると石鹸だった。「やっと消毒的なやつに出会えた」と涙した私は、薄々「今更遅いよな」と思いながらも狂った様に傷口を洗い始めた。
あまりに狂気的に手を洗っているので、本屋のスタッフたちが来てくれた。
「フウ…あなたさっきから、ゴシゴシなにやってんの?(笑)」
私はそのわけを話した。(洗う手は止めず)
スタッフたちは、
「あー、なるほどねえ、アレね」
「でも注射打ったんでしょ?大丈夫だよ」
「アレかあ。アレはよっぽど大丈夫だよ!」
と励ましてくれた。
そう…そうなのだ。私たちは各国からフラフラ集まった、ただの書店スタッフ。
「破傷風」を英語で何と言うかなど、誰も知らなかった。
でも「傷口」「金属」「バイ菌」といった感じで話し、「その英単語は誰も分からないけど、今みんなの頭には破傷風という概念が浮かんでるよね」という団結力で乗り切った。
今でも英語でなんと言うのかは知らない。
結局私は傷口を数日で完治させた。高校時代に生物の勉学に励みすぎたため、菌には「潜伏期間」があることを知ってしまっていたが一旦考えないようにしつつ、「注射スゴ」と感激していたのだった。
注射って、身体的・物理的にだけじゃなくて、「打ったから大丈夫なはずだよな」という精神の健康においても、本当にすごいんだなと思った。
そして、ドスッと座っても金属が飛び出してこない日本のイスって、ほんっとにすごいんだなと思った。
【つづく】ヨルダンの本屋に住んでみた
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