「Polite」の意味って、「礼儀正しい」とはちょっと違うみたい /イギリス人との会話から
●私の名前記憶容量、0.1GB説
ヨルダンの本屋にいた頃、毎日日記をつけていた。見返すと、「今日はダニエルが〜」と書いてあって面白い。なぜ面白いのか。ダニエルなんてこの本屋にいないからである。
私はどんな状況であっても、人の名前を覚えるのが致命的に苦手だ。ヨルダンの本屋滞在が2週間経ったころ、イギリスから新しいスタッフ「デイビッド」が来た。
私は、いつものごとくどうしても「イニシャルのD」までしか覚えることができず、「デイビッドなのか?ダニエルなのか?」と、全く覚えられなかった。それが彼との出会いだ。
今日はそんな、デイビッドとの思い出を語ろうと思う。
●「イギリスを」ではなく「イギリス人を」擬人化した人物
デイビッドは、いかにもイギリス人というか、言うなれば「"イギリス人"の擬人化」みたいな男の子だった("イギリス"の擬人化、ではなく)。
デイビッドと話すことは、英語の勉強にもなった。例えばお皿を洗いながらキッチンで二人きりで話している時。私たちは六人ぐらいで一緒にご飯を食べるので、洗い物が毎日大量にあった。
皿洗いの当番は決まっておらず、「なんか、今日は自分が洗おっかな」と思ったメンバーが食後にキッチンに残り、みんなで喋りながら洗うのが日常の光景だった。
毎日洗っても別に感謝されないし、毎日洗わなくても誰にも責められない。この店はそういう感じだった。
●耳にした「Try」の使い方
本屋の入り口のドアのところで、デイビットとダラダラ話していた時のこと。彼がふと私に、「いいね。Give it a try.」と言った。
なんだそれ。私も含めてネイティブじゃない人なら、わざわざ「Give」なんて使わずにただ「Just try it.」と言うと思う。
「ねえ、なんで 『Give it a try 』なの?『Just try it』 じゃないの?」
「・・・なんでだろね。でも、『やってみなよ!』感はこっちの方が強いんだ」
「ふーん」
私はこういう時、いつも言うセリフがある。
「へー、あなたって、英語上手だね」
そう言われた人はみんな、「は?」と言って笑ってくれる。日本人が外国人に「日本語上手ですね」と褒められるようなものだろう。
ネイティブに「上手」だなんて意味がわからないかもしれないけど、しかし私は本当に「この人、英語うま!」と思ってしまうのだ。なので、よくわからないけど、そういうときは「英語うまいね」と言っている。
●初耳の単語「ステイルメイト」
デイビットは、話しながら「今のフウの台詞は、この単語でもっとよく表せるかもね」と自然な感じで英語を教えてくれる時があった。
例えば、私が昔のことを思い出しながら「あの時はもう、お互いに引かないし、話し合っても解決しないしで、本当大変だったわ」と喋っていると、「それはstalemate(ステイルメイト)っていうちょうどいい単語があるよ」と教えてくれた。チェスから来ている単語なのだそうだ。
似た単語の「チェックメイト」なら元々知っていた。「どちらが勝つか確定し、勝負が終わる」ことである。
しかし「ステイルメイト」とは、勝ち負けが決まらずお互いもう泥沼で身動きが取れなくなって、もはや試合終了となっている状態のことらしい。「そんな単語あるの!?」となんかめちゃくちゃ盛り上がった。
●トイレ掃除の沈黙から見えた「Polite」
さて、一番noteに書きたかったのが、この「Polite」である。多分中学1年生ぐらいで習う単語で、言うまでもなく「礼儀正しい」。もっとわかりやすくいえば、正直で大雑把でフレンドリーな私の性格と、真逆を意味する単語である。
さて、デイビッドが本屋に来たばかりのこと。私は、本屋のトイレ掃除のやり方を教えていた。今までは私が一番新しいスタッフだったのに、私より後に来た人が存在するなんてなんだか感慨深いな。
教えている時、「トイレットペーパーの在庫の場所は知ってる?」と聞いた。もしかしたら、すでに誰かから聞いているかもしれない。
デ「聞いてない。地下の倉庫とか?」
私「えっと、地下じゃなくてね、お風呂の裏にあるの」
デ「へえ!了解〜」
そのとき事件は起こった。
私たちの会話が聞こえていたのであろう。その場にいたバイトリーダー・フランス人のアリスが教えてくれた。
アリス「あ、二人とも?トイレットペーパーはお風呂の裏にもあるけど、地下にもあるからね!」
なんだ。トイレットペーパーは地下にもあったのかあ。
私「あ、ごめんデイビッド。地下にもあったみたいだわ!」
・・・。
「その瞬間」のことを、今でもよく覚えている。
私がデイビッドにそう声をかけた途端、テキパキと動いていたアリスがだんだんスローモーションになり、まるで何かを考えているかのように、首を傾げてピタッと動きを止めた。
デイビッドも、目をぱちくりさせている。
(ん?二人ともどうしたの????)
3秒ぐらいかけて2人の動きが止まった後、アリスとデイビッドはアニメのようにゆっくりと首だけを回して目を合わせ、「あなたも今、変だと思ったわよね?」「うん、僕もだよ」とアイコンタクトを取っていた。
(あれ?私、何か言っちゃったか?でも…全く心当たりがない…)
沈黙を破るようにして、アリスが言う。
「ねえ、フウ…?あなた今、なんで、『トイレットペーパーは地下にもあったみたい!』の前に、『ごめん』をつけたの…?」
「うん。僕もそこが疑問で。なんで謝ったんだ?君が教えてくれてるのに、なぜ急に『ごめん』?」
え!?!?ただの、「ごめん」!?!?
そこ!?!?
私「え?!?!だってそりゃあ…。トイレットペーパーは『地下には無いよ』って言っちゃったけど、間違ってたからごめんねって言うか…訂正のお詫びっていうか…」
その瞬間、二人は「!?!?!?」という感じで、思いっ切りのけぞった。
「え!?!?フウ、あ〜〜〜〜、あなた、なんて人なの!?!?!?」アリスが愛おしそうに、なぜか感激している。
(え?そんなにびっくりすることか?)
「あーーー。フウ。なんてポライトなんだ」
え、デイビッド?ポライトって、あのPOLITE?この私が、礼儀正しい・・・?
●POLITEの夜
私はその晩、「君はなんてPOLITEなんだ」についてずっと考えていた。
ポライトって、直訳すれば「礼儀正しい」。スムーズにペコペコできるとか、目上の人にマナーを持って接するとか、そういう意味だと思っていた。けれど、もしかしたらPOLITEにはもっと、本質的にというか、違った意味での礼儀正しさがあるのかもしれない。
目上の人に対して「へりくだる」とはちょっと違って、どれだけ親しい人にも「真摯に」というか…?こう言ったらすごく大それたことに聞こえて仰々しいけど、礼儀正しさって、そういうことなのかな?とか、考えた。
私は、接客での形式的な礼儀正しさとかが苦手で、そういうバイトを避けてきたほどなのに、私にも「POLITE」の心があったんだなあと、気づかせてもらえた。
でも、デイビッドよ。それなら私だって、「POLITEな人」を知ってるわよ。
どれだけ「ダニエル」と呼ばれても何事もないように返事をしてくれる、やけに英語の上手い人なんだけど。
【つづく】「ヨルダンの本屋に住んでみた」
(↓)全話一覧
(↓)POLITEな作業が嫌だったので、「一番接客時間が短そうな」配達バイトで渡航費を貯めた話
(↓)本屋のバイトリーダー、フランス人のアリスが「なんでも愛おしがる」話
(↓)日本語をかじっていたラウラに、ネイティブとして「ある日本語」を教えた時
(↓)デイビッド vs こまったお客さん の戦い記録
いただいたサポートは、書籍化の資金にさせていただきます。本当にありがとうございます!