アラブの店で高価な壺を割って号泣。出てきた店主が「絶対に弁償するな。わかったね?」
●退勤後の散歩で「それ」は起こった
私の住んでいる本屋の仕事に、定時はない。閉店時間も特になし。「そろそろ閉店か」という感じで、"フィーリング"で運営されている。
忘れもしないその日も、本屋の仕事がひと段落した気がしたので、「ちょっと町をぶらぶらしてくるわ」と散策に出かけることにした。本屋のあるこの町には、清水寺に向かうあの坂道のように商店のひしめく「アラビアンなお土産街道」があった。そこをまだじっくり見たことがなかったので、行ってみたかったのだ。
何軒か物色し、次の店にも入ってみると、めちゃくちゃフレンドリーな「店番の男」がいた。とりあえず楽しく話す。
「お嬢さんどこから来たの?歳は?名前は?」だとか、現地の人からはただの「店巡りをしている外国人」に見える私は今日で5回目となる会話をこなしながら、品々を見ていた。
「お嬢ちゃんはいつヨルダンに着いたのかい?」「えっとね〜」と、店番の男とたわいもなく話していると…
ガチャ
ん?何が起きたのか、さっぱり分からなかった。(分かりたくなかった)。しかしどうやら…。私の腕が、店の棚に当たった。のか…?その瞬間….
バリバリバリバリバリー ---ン!!!
腕の当たった棚そのものが崩れ、乗っていた壺という壺が落ち、下敷きになった壺とともに、商品が粉々になった。
・・・・・
・・・・あれ、、、何が起きた、、、の???
あまりにも大きな音が店にも町にも響き渡り、賑やかだった世界の全てが静まり返った。
●スローモーションと動揺
びっくりする時って、本当にスローモーションになるものである。私はその一瞬の間に、「え!待って!お願い!え!?お願い!え?え!!??」と頼むに頼み込んでいた。
さっきまで楽しく話していた、あの店番の男が咄嗟に駆け寄ってくる。
・・・・
・・・・
沈黙の店内。謝りたいのに、あまりのショッキングな感情で、全く声が出なくなってしまった。全てから目を背けたいのに体が固まってしまい、割れた壺しか視界に入らない。
店番の男は「えっと…。何を…何をしてるんだか分からない。僕は…君が何をしてるのか分からない…」と気が動転。パニックになった私は、「ああ、これはもう、謝って済むことではない。一体どうすればいいの」と絶望に溺れながら、何とか何とか、なんとか声を絞り出して「ごめんなさい」と言った。その瞬間、涙が止まらなくなった。
●本屋のみんなの顔が浮かぶ…。
ああ。ああ…取り返しのつかないことをしてしまった…。何も考えられなくなった。周りの店の人たちが音を聞きつけ、「なんだなんだ」と、窓や入り口にへばりついている気配がするが、いまだ壺の破片から、見開いた目を背けることができない。
「あの子、やっちゃったっぽいぞ」「どれどれ、あーー、あれか、うわー。」アラビア語でそんなことを言っていた。
アラビア語が分からない私でも、野次馬のセリフは一字一句理解できた。
何か…何かを言わなくては。「……。払います。お金。」私は失った声帯から声を絞り出した。ちゃんと払えるのかは全く見当もつかなかったが、とにかくまずは、逃げるつもりもこれ以上割るつもりもないという「何らかの意思」を表示しなければ、と思ったのだ。
そしてもっと怖かったのが、美しい商品だけでなく、私の住んでいる本屋まで壊してしまうかもしれないということ。
もしこの一件のせいで「ほらみろ!もう外国人を雇うのはやめろ!」との声が本屋に入ったら…。本屋のみんなの顔が浮かんだ。私のせいで、あの本屋の平和で国際的な文化が途絶えてしまったら…。想像するだけで、あああ、だめだ、この世から消えたくなる。
私は、フレンドリーだった店番男から笑顔を奪い、おみやげ街道の平和な雰囲気をぶち壊し、美しい壺を大量に割ってしまった。本屋のみんなにも大迷惑がかかるだろう。「申し訳ない」という言葉では、到底表すことはできなかった。ショックで声が全く出なくなってしまい、涙も止まる気がしない。
●奥の席へ。店番の男との会話
つまる喉で「払います」とだけどうにか言ったら、店内の席に通された。4人掛けの席についた私。隣に店番の男。
店番の男は、最大限の動揺をどうにか抑えて、冷静ではあったが、本当に怒りの湯気が出ていた。店番の男は言う。「君にはもちろん弁償してもらう。が、君にこの金額が払えるか?払えるのか?ああ、払えないよなあ?」
払えないからではなく、声が出ないから、何も言えない私。
「だから、俺の精一杯の優しさを与えよう」
虚ろな目で私は続きを聞く。
「壺の『販売価格』ではなく、『仕入れ価格』で弁償させてあげよう。本当は販売価格で弁償してもらいたいが、無理だろ?これが俺の最大限の優しさだ。君は、割ったんだ。いいな?」
「….はい。ありがとうございます、ごめんなさい…」
店番の男は、「じゃあ、仕入れ価格が載ったファイルを取ってくる」と席を外した。
店番の男を待つ間、どこからか垂れ目で大柄な、猪八戒(ちょはっかい)のようなスタッフが隣に来てくれて、「本当にドンマイ…せめてそばにいてあげるわ…ドンマイだよ…」と目で言ってくれた。私はアラビア語は分からないが、アラブの猪八戒が目で言っていることは理解できた。
●「弁償金額表」に記入していく
店番の男が、仕入れ価格の分かるファイルを持って席に戻ってきた。一つ一つカケラを拾っては、ファイルにある「仕入れ価格」と照合し、
「このカケラは…あの壺の持ち手部分だろうな。仕入れ価格は、ファイルによると○○JD(ヨルダンの通貨単位)のようだな」とチェックしながら、手元の紙に「弁償金額表」を作ってペンで記していった。
「ああ、これも割れちゃったんだな。残念だな」「まあ、これは売値なら△△円なんだけど…仕入れ値は何割だっけな…」。そういった、店番の哀愁の言葉ひとつひとつにグサグサと胸を引き裂かれながら、その作業を見ていた。
長い長い、永遠にも感じた集計が終わり、「弁償金額表」の紙を差し出された。「はい。合計で、○○○JD。君が割った分。どうする?」
・・・
ど、「どうする」?
もう、分からなかった。どうするって。一体私はどうするのか。というかまず、その「○○○JD」とは、日本円でいくらなんだろう?
この世で一番知りたくない情報だったが、震える指で電卓を使い、「=」をタップ。その瞬間、私の魂はアラブの砂漠へと飛び、ラクダに踏み潰されて消滅してしまったのであった。
●思い出した「一筋の光」
その時私はあることを「ブワッ」と思い出した。思い出した瞬間、漫画の効果音のように、ほんとうに脳内で「ブワッ」と鳴ったのだ。そうじゃん私、「旅行保険」に入ってるじゃん。。。その中に、「器物破損」の補償もあるのではないか。
完全に忘れていた保険会社の存在。それは、日本の空港の待ち時間で「なんとなく」入っていたものだった。
よし、まずは補償対象を調べなければ。私を「どうする?」と凝視する店番の男と猪八戒に、こう尋ねた。「私は旅行保険に入っています。『補償対象』を確認するため、スマホを触ってもいいですか。」
「どうぞ」と言われ、震える手でスマホを取る。
もうこの時の私は捕虜のようで、なにか行動するときは無意識に許可を取るようになっていた。その場で自分が「恐れ多すぎる」状況になると、人間はこのような振る舞いをするようだ。
「怖いなあ…。対象かなあ」と思いながら保険会社の規約を調べると、ああよかった、器物破損は補償の対象だった。
私は次に、「日本の保険会社に電話をしたいのですが、店の電話をお借りしてもよろしいですか」とお願いし、初めての国際電話をかけた。ヨルダンと日本はちょっと遠すぎるのか声は途切れ途切れだったが、ちゃんと通じた。もう、日本語で喋るのも久々だし、久々の日本の接客は「ド丁寧」だし、また涙が出そうになった。が、「ここで自分がシクシクしてはいけない。私は加害者なのだから」と、電話では冷静に話すことができた。
保険屋さんに相談して分かったことはこの3点だ。
なるほど…。電話を切って、また席に戻った。当たり前だが、写真も必要なようで、それがあまりにも苦痛だった。割れた現実から目を背けたいのに、カメラを向けて写真に収め、スマホに入れ続けなきゃいけないなんて…。嫌すぎてめまいがしてくる。もう、「消えてしまいたい」としか考えられなかった。
●現れた「ポロシャツの男性」
震えながら、今一番目を背けたいものにカメラを向けて写真を撮り、しばらく3人で呆然としていた。すると、窓にへばりついていた野次馬たちがサーーっとはけていく気配を背中に感じた。まるで千と千尋のまっくろくろすけのように、「サーーーーッ」という気配がしたのだ。
…誰か、来たのだろうか?
すると、目の前に「ポロシャツの男性」が颯爽と現れて、こう言った。「おお、君だね。さっき知らせを受けて、駆け付けたのさ」。
彼は片手で雑に椅子を引くと私の目の前に「ドカッ」と座り、「待たせたね」とにっこりした。はあ。お次はどなたですか。もちろん、この状況で笑顔なのは彼だけである。
「まったくこの人は、どうしたらこの状況で笑えるのか」ともはや呆れ、ポロシャツの彼をしばらく見つめていると…。な、なんということだ。彼からはものすごい教養と知性、包容力のオーラが溢れており、脳がこれ以上フリーズできない状況の私でさえ、思わず圧倒されたのであった。
しかし先ほどから、壺の割れる音や、この最悪の空気、罪悪感、砂漠規模の賠償金額、この悲惨な光景などすべてに「圧倒され続けている私」はもう、新登場した彼に挨拶をする気力さえ持ち合わせていなかった。
というかこの状況で挨拶ってなんだ挨拶って。
私は自己嫌悪でいっぱいで、「こんな笑顔の人物と目を合わせる資格なんて無い」とうつむくしかなかった。店番の男に、猪八戒、野次馬。そして今度はポロシャツの男。一体、一体なんなんだ。
「おい君。このお嬢さんに、お茶を出しなさい」
アラビア語だから予想に過ぎないが、ポロシャツの男は何やら猪八戒に指示したようだ。猪八戒は「ハッ。」と機敏に席を立つと、温かい紅茶とお菓子を私にそうっと出してくれた。猪八戒は「お茶…すぐ出すべきだったよね…俺ってば、気が利かなくてゴメン」という目で肩をすくめた。
普段の私なら「水分・炭素・自己肯定感」の三大要素で構成されているため「うっわ〜!ほんとありがとね〜!うれしいわ〜!」と言ってお菓子をバクバクいただくところだが、この状況では「自分にはお菓子をいただく資格なんて無いんです」という気持ちでいっぱいで、もちろんお茶にも手をつけられなかった。
●二人だけになった店内
引き続き呆然としているといつの間にか、店番の男も猪八戒も席を外していた。野次馬もいなくなった店内。号泣と罪悪感でやつれ果てた私と、微笑むポロシャツの男だけが向かって席についている。こんなのあまりにカオスすぎて、千夜一夜物語も予想外の展開である。
「申し遅れたね。この店のオーナーです、よろしく」
ああなるほど、ポロシャツの彼はこの店のオーナーだったのか。
「本当にごめんなさい。払う額も把握しています。払いますので。ごめんなさい。」
「まあ、まあ。いいからお茶、飲みなね」
あの〜、オーナーさん?あなたは今来たから知らないかもしれませんけどね。。ここはさっきまで、「圧倒的な葬儀の雰囲気」だったんです。そのフランクな笑顔は、ちょっと、、今の私には。。。
「お嬢さん?いいからまず、飲みなさい」
強く勧めてくれるので、うつろな目でこくりと頷いて少しだけいただいた。涙で喉も詰まって、「お茶ありがとう」とかすかに言うのがやっとである。この精神状態でお茶が喉を通るはずもなく、ちょっとだけ舐めてすぐグラスを置いた。
「よし。いいぞ。さあ、お菓子も食べなさい」
よく見るとそのお菓子は以前食べたことがあって、あまりに甘くて私の中で「食べられない」と認定したものだったが、それとは全く関係なく私は何かを食べる気力は無かった。でも勧められるまま手に取って「かじる真似」をし、お菓子を皿に置いた。
「よし、よし。どこから来たの。」
「…。にほん……。」
「そうかそうか。で、名前は。」
「…。フウです。…」
「そうか、そうか。」
ポロシャツのオーナーはニッコリ笑うと、「今からディズニーランドのショーでも始まるのか?」という笑顔で、穏やかにこう続けた。
「よし。フウお嬢さん。遥々ヨルダンまで、ようこそ来てくれたね。ありがとうね。本当に今日は大変だったねえ(笑)。うちのスタッフが、怖い思いをさせてしまって本当にすまなかった。そうだ、こんなのはどうかな?今すぐ家に帰って、ゆっくりと好きな映画を観る。そして、早く寝なさい。おっと、温かいココアも飲むこと。そして、今日のことは全て!全て忘れること。さあ、もう夜だから、気をつけて帰るんだよ。」
・・・。
・・・???
おいおいこの人…。一体何を言っているんだ?????
私は両目を大きく見開き、右目からは大粒の涙、左目からは大粒のハテナを流し、脳と心臓はエラーで固まってしまったのだった。
●Round1. 絶対に払いたい旅人 vs 絶対に受け取らないオーナー
長い沈黙を破ったのはオーナーである。
「お、おじょうさん?フウさん?お〜い。えっと、英語…は、理解できるのかな?僕の言ったこと、伝わってたかな?大丈夫かな」
私は慌てて答える。
「はい……あの、『何を言ったか』は理解できました。でも…あの…『なぜそう言ったのか』は、全く理解できませんでした……」
オーナーは言う。
「ああ、僕の言葉が伝わっているならよかった。ん〜、理由なんてねえ…。君はヨルダンに来てくれた。嬉しいなあ。遥々ありがとう。それで…。もし、君からお金を受け取ってね。それでどうするってんだ(笑)(笑)!お金なんて、また稼げばいい。それだけの話だろう」
「…」
「君がすべきは、弁償ではない。言ったでしょう?早く帰って、映画を観る。あとココアね。さ、全部忘れて。全部。全部忘れて、帰りなさい」
「…」
な。。。なぜ。。。???
「いえ、え!?どういうことですか?私、絶っっっ対に払います。払わずに帰れません。割ったんです私。ものすごい金額を。お店の大切な商品を。絶対に払って帰ります」
オーナーは、微動だにせず私をじっと見つめている。
「しかも私。旅行保険に入っているんです。だから一旦ここでお金を払っても、本当に本当にありがたいことに補償が降りるかもしれないんです。なので、当たり前にここで払います。払うに決まっています」
「お嬢さん?…お金は受け取らん。断じて受け取らん」
●オーナーの"ワケ"
オーナーはゆっくり続ける。「実はね。初めてじゃないんだ。お客さんが割ってしまったのが。毎回『絶対に払う』って…みんな泣いて懇願するんだよ」
「…」
「でもね。受け取ったことは、一切ないよ。全員、そのまま宿に返している」
「…」
「この前は…あれは何年前だったかなあ。黒人の青年がね…卵型の陶器を何個も割ってしまってねえ…。実はすんごい高いやつで(笑)、正直ショックだった。でもおれは、泣きながら『頼む、払わせてください』と言う彼に、そうさせなかったよ」
私は、その黒人の青年がいたたまれなくて、胸が苦しくなった。彼は本当に本当に、払いたかったのだろう…。いくら高額とはいえ、償えないまま店を出るなんて、そっちの方がしんどいのではないか。
「なぜ…?なぜ!?なぜそこまでして、
払わせてくれないんですか、、!!!!!!!」
「なぜって?
そりゃあ、神が見てくれているからだよ。
ぼくがみんなに良いことをする。神は絶対に見ている。絶対に。そして巡り巡って、僕にも良いことが回ってくるのさ」
???
「か、かみ…」???
私は、想像を全くしていなかった答えに、うろたえてしまったのだった。
●Round2. 絶対に払いたい旅人 vs 神
「そう。だからね、そんな一回一回の出来事に固執して、お客さんからお金を受け取ってさ。それでどうするっていうのさ(笑)
もっと大きな目で見ること。神が僕達を見ているようにね」
さっきから泣き疲れた私はもう、もう、返す言葉がなかった。
もし…、これでもし「いいえ、それでも払います」と返してみたら、どうだろう?オーナーの心にある「神」のことまで否定することになってしまうのではないか。そんなことを考え込んだら私は、これ以上反論してまで「払わせてほしい」と、ついに言えなくなってしまったのだ。
そしてオーナーは、「わかったかな?」とにっこりすると、ふと、机の上の紙に目をやった。その紙は、あの「店番の男」がファイルを見ながら計算した、「弁償金額表」であった。
「おお、なるほどね。僕が来る前、君たちはこんな表に、弁償金額をまとめていたんだね?はっはっは(笑)(笑)(笑)こんなもの。なんだっていうのさ(笑)」
そう言うと、なんとその表を目の前でビリビリビリと破いてしまった。
「ああああああああ」
もう、「あああああああああ」と言うしかなかった。それ以外何が言えただろうか。「もう、神にも、このオーナーにも、敵わない」。そう本気で感じてしまった。私は「払うふり」を見せていたのではなく、本気で払おうとしていたのに、圧倒的なその「力」に負けてしまったのだ。
●YOU LOSE…。神に負けた少女(23)
無言で涙を流す私を見て、「よし、この子はもう払う気力が無くなったようだな」と判断したオーナーは満足そうに席を立つと、生気を失っている私の手を引いて立たせ、「そんなに泣いたらお腹がすいただろう?お嬢さん、チキンは好きかい?」と言って、オーナーが経営している別のレストランに歩いて連れて行ってくれた。
レストランに着くとオーナーは厨房に何やら声を掛け、「君の席に、とっておきの料理が届くから。好きなところに座って待ってなさい。じゃ、僕は帰るけど、君は帰って映画を観てすぐに寝ること。そして、今日のことは全部忘れなさい。いいね?」そう笑顔で言って、オーナーはどこかへ消えてしまった。
もう、さっきから何が起きているのか分からない。レストランの席で呆然としていると、何も知らないレストランのスタッフが、魂の完全に抜けたジャパニーズガールの席に「どういう状況か知らないけど…どうぞ」という顔で、ホカホカのご飯を運んでくれた。
美味しい…美味しいけれど、お願いです、どなたか。何が起きているのか教えてください…。料理も何もかも、あまりに温かすぎて、私はまた泣きながら食べたのであった。
●本屋までの重い足取り
はあ…。もう夜か。「めちゃくちゃ泣いたことが絶対にバレる顔」でトボトボ帰っていると、何も知らない本屋の店長から電話がきた。「フウ、帰り遅いけど大丈夫そー?夜ご飯どうするよー」
のんきな店長に、私は「ごめんごめん、今日のご飯は外で食べてくるよ」と声を振り絞り、電話を切った。
本屋に着くと、店には寄らずにそのまま自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。もう何も考えられないし、起き上がれない。
しばらくすると、店長が私の部屋にそっと来た。「フウ…?さっき、なんかおかしいと思ってさ…。大丈夫そ?」
私はドアの方を振り返ると店長に駆け寄り、今日起こった出来事を全て話した。「店長はどんな顔をするかな…悲しませるかな…本屋は大丈夫かな」と不安で仕方なかったが、話し終えると「んえ〜〜!?チョット〜!?それで泣いてたの!?あー、フウ〜可愛い奴だな〜〜もーー!アイラブ・ユ〜〜〜」と、大笑いして抱きしめてくれた。
そして「そのオーナーの連絡先、おれ分かるかもしれんわ。後で教えるから、お礼のメールでも送っておきなよ。それでオールオッケーだから。気にしなくて良いよ。本当によかったなあ」と言ってくれた。
そして私は、店長に連れられてフラフラと本屋内のカフェへ連行され、カウンターで「おいみんな〜!今日、フウが泣いたんだってよー!ウケるww!」とメンバー全員にバラされた。
私は今日のことをまだスタッフには言わないつもりだったので、「ハ!?おい、なんでバラす!?」と、いつもなら店長に対抗するが、今日はそんな元気があるはずもなく。。しかも、何がウケるのかさっぱり分からんし。もうみんなとも目が合わせられなかった。
その場にいたラウラが「あなた、泣いたの!?!?!」と、カウンターをぐるりと回って駆けつけて、「フウ〜〜!?!?んもおおおお、フウ、あなたが愛おしいいいいい!大好きだよ!!!!!」と言って抱きしめてくれた。
いやいや、私は、加害者なんです。。。大切な壺をたくさん割って、散々迷惑かけて、結局お金を払えず、それどころかご馳走になって、本当に、誰にも愛される資格なんてないんだよ、ラウラ…
私はこのカフェで毎晩飲んでいるカプチーノを飲みながら、疲れ果ててカフェでそのまま寝てしまった。らしい。後でラウラが教えてくれた。しばらくして目を覚まし、部屋に戻ると、さっきのオーナーにメッセージを送った。
どんなに長く書いても気持ちを表すには足りないので、一番伝えたいことだけを送った。しばらくすると返事がきた。
返事を見た瞬間、私はまた泥のようにベッドで眠った。
どうなんだろう。いつか私ももし何かの店を開いて、訪れた旅人が商品を台無しにしてしまったら、あのオーナーと同じことが言えるだろうか。「言える人になりたい」と書きたいところだけど、実際、言えないと思う。なかなかできることではないんじゃないか。お金、払わなくてよかったのかな。これでよかったんだろうか。これから私に何ができるんだろうか。
答えはまだ見つかっていない。
fin
●次の話:やっと死海に行けた!(真冬だけど)
●第1話はこちら
●住んでいる本屋のルームツアーはこちら
●記事一覧はこちら
いただいたサポートは、書籍化の資金にさせていただきます。本当にありがとうございます!