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「永遠なるものたち」読書感想文


姫乃たまちゃんの『永遠なるものたち』を読みました。

この本は「無かったもの。無くなってしまったもの」に“永遠なるものたち”と名前をつけて、その“永遠なるものたち”へ思いを馳せた文章たちが綴られています。

そしてそれらの文章を通して、たまちゃんの心や身体性について丁寧に繊細に描かれています。

                

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この本を読んでから、自分自身についてものすごく考えました。



わたしは、物心ついた時から

なんだかずっと自分がぼんやりとしていて

ここにいてもいいのかなという、安心感のなさがあります。

しかし、明確な理由は特に思い当たらないので

自分はもしかしたら、他の星から来た宇宙人なのかもしれないなと思ったりもしていました。



そんな宇宙人疑惑を抱えて生きてきたのですが

たまちゃんの文章を読んで、もしかしたらこの感覚の原因は

わたしが永遠なるものたちと向き合ってこなかったからかもしれないと思いました。




わたしにも「無かったもの。無くなってしまったもの」はたくさんあります。

しかし、わたしの場合、それらは自分の中でコンプレックスとなり

見たくもないものとなっています。

そのため、それに関する思い出や出来事すべてを触れないように忘れるように

記憶の引き出しの奥の奥へとしまいこんでいます。

楽しい思い出だったとしても。



そうやっているうちに、記憶が薄くなり自分自身の輪郭もぼやけて

一体自分がどこにいればいいのかわからなくなってしまったのかもしれません。

自分で自分に呪いをかけているみたいです。



「永遠なるものたちと向き合ったら、わたしも何か変わるのかなぁ」




たまちゃんの永遠なるものたちについて書かれた文章を読んでいると

自然とそういう気持ちになりました。

たまちゃんの思い出と自分の思い出を重ねて

「あぁ、こんな風に思うこともできるのか」と

おぼろげな記憶の中で少し安心したからです。


わたしも永遠なるものたちに思いを馳せることで、見えてくるものがあるのかもしれない。

それは必ずしも悲観的なものではなく、自分を形作るのに必要なものなのかもしれない。

呪いをかけるほど頑なだったものが、少しずつ解けていくように感じました。



少しずつ

少しずつ

少しずつ

記憶の引き出しを開けて

永遠なるものたちを探し出してみようかな。


今はそんな気持ちです。



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