【小説の自費出版の事例】温水ひなた 『絆』
作品から伺える人生の厚み
著者温水ひなたさんは、1951年大阪でお生まれとのこと。50代にして本書が初めての著書となりました。人生経験に裏打ちされた心理描写、生活のディテールが描かれ、若書きの作品では味わえない小説の厚みを感じさせられます。
全体の構成も工夫されており、中編3編の連作で主人公は、第一話 負の連鎖は真希、第二話 自由の代価は朝香、第三話 魂の系譜は郁子という女性ですが、第一話には朝香と郁子が伏線のように登場し、第二話には真希と郁子、第三話には真希が登場し、人間の相関図が見えるようになっています。
この作品に描かれているのは、ある意味では我々の周囲に見られる人間の典型であり、読者は、これら登場人物が交わす言葉に、「いるいる!こんなものの言い方をする人」「こんな嫌なヤツには、一泡ふかせてやれ!」と、ついつい自らの人生を仮託してしまいます。
このような典型を造形するという作業は、幅広い人生経験と人間の心を洞察する力がなければ、為し得ないと思われます。
ところで、テレビなどで関西弁がずいぶんと幅を利かせていますが、本書は特定の地名は登場せず、会話も標準語的な表現になっています。
小説で、方言の味わいを巧みに活かした作品も多くありますが、温水さんは、敢えて方言のニュアンスに寄りかかるのではなく、より幅広い読者を想定し、普遍的なテーマに普遍的な言葉で切り込んでいく手法を選ばれたのではないでしょうか。
すでに、第2作に着手しておられるようですので、今度はどんな人間が描かれるのか、楽しみに待っています。