滞納と大学と雪国
皆さんは部屋を借りたことがあるでしょうか。
部屋を借りれば毎月家賃を振り込むことになります。
家賃の振込先は
1)不動産屋の口座
2)大家さんの口座
どちらかです。
2の場合、家賃の振込状況は大家さんが自分でチェックするシステムです。
そして未納があれば、大家さんが自ら借主へ督促します。
今回のお話しは2の 大家さんが家賃をチェックしていたアパートにまつわるお話です。
一部ボカしてますが ほぼ実話です。
困ったことに
数年前の話になります。
2月中旬のことでした。
私の誕生日が近かったのでよく覚えています。
長いお付き合いをさせて頂いている大家さんにBさん(74歳 / 女性)という方がおります。
Bさんは私が子供と同じくらいの年齢のため、私を実の子供のように「たくやちゃん」と親しみを込めて呼んでくれます。
そしてBさんは自分で家賃の管理をしている大家さん。
ある日の午後、Bさんから電話がありました。
B:「鈴木君が ... 家賃を払ってくれなくて ... 」
鈴木君はK大学の2年生。
何となく記憶にはあるが印象の薄い青年でした。
Bさんの話では 家賃はお父さんが振り込んでいるとの事。
私はBさんから聞き取りした鈴木君の振込状況を、小さめのメモ帳に乱雑に書き留めた。
長い付き合いだから
家賃を自分で管理しているBさん。
本来、滞納が発生した場合、Bさん自らが家賃の催促をしなければならない。
そんなBさんが私に鈴木君の未納の話をした。
Bさんの気持ちは分かっている。
分からなければ私の存在価値は半減する。
私:『俺が鈴木君のお父さんと話します。後は任せて下さい』
長い付き合いだ。
杓子定規で物事を進める事は出来ない。
父親へ電話
時計が20時を少し回ったのを確認し、四国で建設業を営む鈴木君のお父さん(以下、父)の携帯番号をゆっくり、間違えないようにダイヤルした。
入居申込書で連帯保証人のお父さんの生年月日を確認する。
私より2つ年上だった。
父:「.....はい」
見慣れない番号からの電話に警戒している様子が伝わってくる。
私:『鈴木君のお部屋を紹介した 東京の たくや不動産 です』
電話を切られないために、こちらの正体を簡潔に述べた。
父:「あぁ~ その節は ..... 」
学生の親御さんは不動産屋から電話があると
「何かありましたか!?」
と驚き、心配するのが普通である。
鈴木君の父親は違った。
何かを察したかのようだ。
私は用件を切り出した。
私:『家賃はお父様がお振込み頂いてますか?』
父:「はい。以前はそうしてました」
私:『現在は違うのですか?』
父:「息子は大学を辞めたので自分で払うようにさせました」
大学中退
大学を辞めたからといって家賃が遅れても許される事はない。
そんな当たり前のことは口にせず、私は話を続けた。
私:『家賃が振り込まれていません。金額にすると結構な額になります』
父:「ご迷惑をお掛けしました。いくら未納してますか?」
お父さんにある程度の収入があることは確認できていたので想定内の返答であった。
きっと明日には未納家賃全額が大家さんの口座に振り込まれるであろう。
私がこう言わなければ .....
私:『それでイイのでしょうかね?』
鈴木君のお父さんは静かに、次に発せられる私の言葉を待っていた。
私:『鈴木君と話をしてみます。分割でもイイから自分で払うように言います。この件に関しては大家さんから一任されてますので。』
数秒の沈黙の後にお父さんはこう言いました。
父:「何かあったら親である私が責任を持ちます」
私:『その時はよろしくお願いします』
自らに不動産屋失格の烙印を押しつつ受話器を置いた。
鈴木君の念書
鈴木君は観念した顔で私の事務所を訪れた。
10回にも渡る私からの電話に出なかった事への罪悪感も表情に見て取れる。
私:『家賃を振り込んでいないのは事実だよね?』
大家さんの通帳で確認したので間違いないのは分かっていた。
ただ、鈴木君に自覚させ、責任を持たせる為に言葉にさせた。
鈴木君:「はい ... すみません ... 」
私:『謝るなら大家さんに謝りなさいね』
鈴木君は視線を落としたまま静かに頷いた。
私:『ところで今はどんな仕事してるの?』
鈴木君:「コンビニでバイトしてます」
私:『現実的な話になるけど、毎月1万円上乗せして家賃払っていけるか?これまでだって払えなかったんだよ?』
【毎月の賃料に1万円を上乗せして20回払い続ける】
若い鈴木君には厳しいであろう内容の念書を前に置き、彼に覚悟を求めた。
鈴木君:「大丈夫です」
私:『1回でも払わなかったら 出てってもらうから』
冷酷さを装いながら鈴木君にボールペンを渡す。
鈴木君は念書に署名した。
印鑑は持ってきていないがサインで十分だ。
この念書を争いの証拠として使うわけではないのだから。
雪国の思い出
大家さんであるBさんの自宅を訪れ、クリアファイルに入れた鈴木君の念書を渡した。
Bさんは分割払いになった事を責めるでもなく、私を感謝の言葉で癒してくれた。
私は分割払いになった事をもう一度謝り、Bさんの自宅を後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
2月の冷たい風が肌に痛かった。
こんな寒い日に決まって思い出すのは、かつての雪国での大学生活だ。
寒空の下、口を閉じ、鼻から冷たい空気を体内に取り入れる。
気持ちが引き締まった。
「やってみて!頭がシャキッ!とするわよ」
大学時代に付き合っていた彼女が教えてくれた。
笑顔が素敵な彼女だったのに
思い出すのは泣き顔ばかり。
二人きりの部屋で彼女は泣き明かした。
「俺、大学辞めるわ」
若気の至りだった。
気が変わらないうちにと
翌日には退学届け。
俺は自分と鈴木君を重ねていた。
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