続:滞納と大学と雪国
滞納と大学と雪国 の続きです。
夏の暑さが残る初秋。
話しを聞き終わった日村は一蹴した。
日村:「相変わらずそんなことしてんの?バカだね~」
同い年、同じ不動産業の彼は、私に遠慮なくダメ出しをする。
反論しようとした私を手で制し、日村は続けた。
日村:「金にならなきゃ仕事って言わないの!」
私は返す言葉が見つからなかった。
それは1ヶ月前の出来事だった。
鈴木君の支払い
家賃を滞納した鈴木君は、
通常の家賃に1万円を上乗せした金額を20回に渡って払い続ける事になっていた。
それを受取る大家さんのBさんは、定期的に振込状況を報告してくれた。
遅れた賃料を毎月の賃料に上乗せして支払わせるというケースは鈴木君が初めてではなく、過去に何度も私が使っている回収方法である。
過去に何人もの滞納者を、私はこの方法で完済させている。
ただし、これで完済する確率は60~70%。
私はまず、滞納の事実を把握した場合、滞納した事情を聴きとる。
そこで私が無理と判断した場合は連帯保証人に請求したり、明け渡しの方向で話を進める。
60~70%というのは【私が挽回可能であろう】と判断した滞納者たちの完済する確率である。
この確率が高いか低いかは分からない。
実は鈴木君のケースは【挽回可能であろう】という判断ではなかった。
何かあれば父親が支払う事がほぼ確実であったので、私は鈴木君に分割上乗せ方式で払わせたのだ。
そして
働くこと、お金を稼ぐことの大変さを感じてもらいたかった。
結果は失敗だった。
途切れた振込
Bさん:「先月まではちゃんと振り込んでくれてたのに...」
大家のBさんは残念そうに私に告げた。
5ヶ月間順調であった鈴木君の支払いが途切れてしまったのである。
私:『分かりました。鈴木君から連絡はありましたか?』
Bさん:「ないのよね .... 」
私はその場で携帯から鈴木君へ電話をする。
鳴ってはいるが出ない。
そしてメッセージが残せないタイプの不在案内へと切り替わってしまう。
私からの番号だから出ない事もよくあるので、Bさんの自宅の固定電話からも試みる。
やはり出ない。
しばらく待っていても折り返しの連絡は無かった。
私:『部屋へ行ってみましょう』
Bさんの自宅から徒歩5分の鈴木君のアパートへ向かった。
アスファルトが溶けるほど暑い夏の午後だった。
(足取りが重いのは溶けたアスファルトのせいかもしれませんね)
Bさんに言おうとしたがヤメておいた。
在宅確認
アパートに到着後、鈴木君の郵便ポストをチェックした。
ポストはダイヤルでロックされているので開かない。
投函口から中をノゾく。
まだ、それほどチラシは溜まってないが、取り出してもいないような感じがした。
鈴木君の部屋は1階の一番奥にある。
私は玄関前に着くと、高い位置にある電気メーターを見つめた。
まだメーター内で円盤が回る古いタイプだ。
夏の昼間である。
このタイプの電気メーターは、エアコンが作動していれば、中の円盤の動きが速い。
室内に鈴木君がいるのなら円盤の動きが速いはずである。
しかし円盤はゆっくりとした回転であり、エアコンは動いてないようである。
私はバルコニー側へ回った。
やはりエアコンの室外機が動いていなかった。
Bさんが心配そうな顔をしているので、私はつとめて無表情で次の行動に移った。
玄関横のインターホンを鳴らす。
3回鳴らしたが返事は無い。
玄関の扉を軽くノックしながら鈴木君の名前を大きな声で呼んだ。
近くを通り過ぎた車の音だけが虚しく耳に届く。
私:『鈴木君のお父さんへ連絡します』
Bさんは頷くでもなく、不安そうに日陰に立っていた。
判断
鈴木君のお父さんの携帯へかけるが、電源が入っておらずツナがらない。
実家にもかけてみるが留守番電話に切り替わってしまう。
連帯保証人であるお父さんに電話をした理由は
室内を確認して良いか了解を取りたかったのである。
【滞納している鈴木君と連絡がとれない】
万が一の事態も考えられる状況なのである。
少し判断が早過ぎると思う方もいるかもしれない。
しかし、
経済的な苦労は時に人間を追い詰めるのである。
まして鈴木君は大学を中退し働くという選択をしたのである。
社会に出て苦労や失望に打ちひしがれているかもしれない。
私:『合鍵を貸して下さい』
Bさんから受け取った合鍵を差し、祈るように静かに回した。
挨拶
「色々とお世話になりました」
表情を変えず、深々と頭を下げたのは鈴木君のお父さんだ。
お父さんが用意したハイエースには、部屋から運び出した鈴木君の家具と荷物が隙間なく詰め込まれていた。
最後に詰められた掃除機が申し訳なさそうにしている。
「余計な事をしてしまい申し訳ありませんでした」
私も同じ位置まで頭を下げた。
未納家賃をお父さんに払ってもらえば、鈴木君はまだここに住んでいたかもしれない。
「では、失礼します。何かありましたら電話してください」
そう言い残して鈴木君のお父さんは運転席のドアを静かに閉めた。
エンジンをかけシートベルトを締めると、窓を開けた。
「息子は知り合いの内装工事会社で働くことになりました」
お父さんが少し嬉しそうだった。
私は強く鼻をつまみ涙を押し戻した。
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