地図博士 ノノさんの鳥の目、虫の目⑪
このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。
「地図博士 ノノさんの鳥の目、虫の目」では、地図にまつわるエピソードを毎号紹介しています。執筆は、(一財)日本地図センター顧問の野々村邦夫氏です。
★2019年11月号
「1979年尖閣諸島総合調査」
日本政府は1979年、政府として初めての、また、これ以後は例のない尖閣諸島の総合調査を実施した。去る8月31日、(一財)日本地図センター主催の第10回地理文化講演会で、沖縄開発庁総務局企画課企画専門官としてこの「尖閣諸島利用開発可能性調査」の中核的な役割を担った藤田宗久氏に「尖閣諸島での初めての総合調査を指揮して~魚釣島、南・北小島はどんな島なのか~」と題する講演をしていただいた。司会を務めた私は、失礼だったかもしれないが、「調査団の生き残り」といって講師を紹介してしまった。なかなか聞けない興味深い内容だったので、藤田氏のご了解を得て以下にその要点を紹介する。
1978年4月に武装した中国漁船が大挙して尖閣諸島周辺の領海を侵犯したことも契機となって、沖縄開発庁(2001年に内閣府へ統合)は79年、尖閣諸島のうちの魚釣島、南小島、北小島の現地調査をした。関係省庁の調整を始め、島の所有者の了解を得ることや、所有者に無断で魚釣島に上陸、滞在していた政治結社の構成員数名に退去してもらうことなど、現地調査着手前にして
おくべきことは多かった。
海上保安庁のヘリ搭載型巡視船「そうや」などによる強力な支援を得て、藤田氏をリーダーとする官庁、学者、コンサルタント会社の技術者、調理担当者など総勢31名の調査団は、5月28日から6月7日まで現地に滞在した。この他に土地所有者の代理人複数が終始立会い、プレス関係者20社31名も同行して取材した。
調査の内容は、地質、植物、動物、表流水源、地下水、地形図作成など多岐にわたった。避難港(漁港)、灯台、ヘリポートなどの建設可能性の検討も大きな目的だった。学術的にも貴重な成果を含む調査結果は、その後報告書にまとめられ、その概要版は広くマスコミなどへも配られた。
講演では、藤田氏が撮影した体長2mを超すヘビ(臭蛇)などの珍しい動植物や調査の様子を写した写真多数を見せてもらった。鰹節工場の痕跡、日本の領土を示す石碑(米国の統治下、高等弁務官の命令で琉球政府が建立したものもある)など、日本の実効支配の証を示すものもあった。
やや時間を置いたが、国土地理院は89年1月、この調査の成果を基にして2万5千分1地形図「魚釣島」を発行した。
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