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短編小説『E♭の夜想曲』Op.2

前回の話はこちら


6月22日

最近は梅雨のため雨の日が多く、河川敷で練習することはほとんど無くなっていた。
今日も雨が降っていたので練習はできないが、私は部活帰りに河川敷へ向かった。
河川敷は家とは反対方向なのだが、どうしても様子が気になったのだ。

「...やっぱり居ないか」

連日この雨だ。やはりおっさんは居なかった。
こんなに濡れた草の上に座るのも嫌だよな。

ここ最近は授業中も部活中も、家に帰ってもずっとこの河川敷のことを考えている。
別に家に居場所がないとか、友達がいなくてボッチというわけでもない。何なら家族仲はいいし、自分で言うのは何だが友達も多い方だ。

しかし、この河川敷での出来事は私にとって非日常の連続なのだ。
小学生が山に秘密基地を作って楽しんでいるような、そんな感じ。
親も友達も誰も知らない、私だけの場所と仲間。そんな場所が、私の心の支えになっていた。

「早く梅雨が終わらないかな...」

そう呟きながら、私は帰路についた。



7月4日

7月に入った。それと同時に気温も上がり始め、梅雨のジトジトと暑さのダブルコンボによって、私はずいぶん疲れていた。

夜は涼しかったがそれでも汗をかくので、最近は上は半袖体操着、下は制服のスカートで河川敷に来ていた。字面はダサいが、夏のJKなんてこんなもんだ。

今日もおっさんは来ていたが、なんとおっさんは7月にも関わらず長袖長ズボンのジャージを着ていた。しかも分厚いやつ。

「えー!おっさん暑くないの!?もう7月だよ!?」

と聞くと、

「いや別に」

とずいぶんあっさりした答えが返ってきた。

「いや絶対暑いでしょ。もしかして痩せ我慢してる?それかずっと長袖着てるのがカッコイイとか思ってる厨二病?」

「そんなんじゃねえわw」

「でもおっさん、いっつもむせるのにふかしタバコしてるし、厨二臭いよねw」

「おいやめろw」

7月にそぐわない服装以外は、いつもの面白いおっさんだった。

「そういえば最近ビール呑んでないね。休肝日?」

「まあそんなところだ。最近ダイエットしててな」

「へえまじか!すごいじゃん!でもおっさんそんなに太ってたっけ?」

「服で見えないけど内臓脂肪がヤバいんだよ。奏も気をつけろよ?こういうのは30超えると一気にやってくるんだ」

「ふーん?よく分かんないや」

このおっさんもダイエットとかするんだな。なんか意外だ。暗くてはっきりしないが、そういえば前より少し顔が痩せてみえる気がする。



7月15日

7月も中旬になり、毎日30℃を超える暑い日が続いている。茹だるような暑さに辟易しつつ、私は残り1ヶ月を切ったコンクールに向けてより一層練習に精を出していた。
私の本気度を感じ取っているのか、おっさんもいつもより真剣に聴き入っていた。

「俺音楽あんまり詳しくないけど、最初の頃よりずいぶん上手くなったんじゃないか?」

「え、まじ?嬉しいな!」

「うん、まじ。やっぱ毎日練習するって大事なんだな。努力は実を結ぶとはよく言ったもんだ」

「そうだね。コンクールまであと1ヶ月だから、頑張んなきゃ!」

「へぇ。いつなんだ?」

「8月10日だよ。そうだ、おっさんもコンクール見に来てよ!テストの時お世話になったし、たまには私のいい所も見てよ!」

「8月10日ね...。分かった、見に行くよ」

「やったぁ!絶対だよ!」

こうして私はおっさんとの約束を取り付けた。数ヶ月前までまったく知らなかった、性別も年齢も違う人と仲良くなって、コンクールに来てもらうとは人生何があるか分からないな。

そうと決まればより練習を頑張らないと。
ウキウキしながらサックスを吹く私の隣で、おっさんはどこか浮かない顔をしているように見えたが、気のせいだろうか。



7月21日

ここ1週間、おっさんの姿がない。

毎日会っていたばかりに、数日会わないとなんだか不安になる。おっさんの身に何かあったのだろうか。
何かの事故にでもあったのか?それか事件に巻き込まれたか?

そんなことを考えていると、フラッとおっさんがやってきた。

「よう奏。久しぶりだな」

「おっさん!!心配したんだよ!?今まで何してたの!?」

「悪い悪い。ちょっとダイエット面倒になって寝てたw」

「もうw」

久しぶりにおっさんの生存確認をして安心した私は、また他愛のない話をしていた。
おっさんはいつも通り冗談を飛ばしていたが、やっぱり今日も厚い長袖長ズボンを着ていた。

「てかまだ長袖長ズボンなんだ。熱中症にならないの?」

「まあ大丈夫だ。俺くらいになると長袖でも平気なんだよ」

「なにそれw あれ、てかビール復活してるじゃん。ダイエット辞めたの?」

「うん、まあそんなところだ」

「続かないのもおっさんらしいね~w」

そんな感じでおっさんをイジっていると、またいつものようにタバコに火をつけた。

「ゴッホゴッホ!!ゴッホゴッホゴッホ!オエエエエ!!」

いつもむせているが、なんだか今日はちょっとひどそうだ。

「ちょ、大丈夫?」

「ゴッホゴッホゴッホ!だ、大丈...ゴホゴホ!」

どう見ても大丈夫ではなさそうだ。咳がひどく喋れていない。

「ちょっとそこの自販機で水買ってくるわ!待ってて!」

私は急いで自販機へ走った。

「ゴクゴク...ハァ。悪いな、迷惑かけて」

「いやいいんだよ。それより大丈夫?咳すごかったけど」

「ゴホゴホ!...ああ、大丈夫だ。今回は煙が変なところに入っちゃって...ゴホッ」

「いや、喋んなくていいよ、とりあえず落ち着こ」

そういいながら私は咳き込むおっさんの背中をさすった。ダイエットの効果が出ているのか、ずいぶん骨の感触が伝わってきた。



7月30日

あの一件から、しばらくおっさんを見ていない。

一体どうしたのだろう。JKに恥ずかしいところを見られて顔を合わせづらくなったか?それとも夏バテでダウンしているのだろうか?

いろいろ考えつつも、私は残り2週間を切ったコンクールのため、ラストスパートをかけていた。最近は河川敷での練習に加え、朝練も始めた。

正直ハードで睡眠不足も続いていた。
しかしあと2週間もないので、やるしかない。
ここでやらずにいつやるか。私は一層サックスに燃えていた。

そのためか、最近はあまりおっさんのことを考えなくなっていた。


to be continued…

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