人生は自己満足(感)。
スタバって、どうしてこんなに私の気持ちを落ち着かせてくれるのだろう。
店員さんの笑顔に泣きそうになる自分がいて、
心の弱さというか、脆さに嫌気が差す。
同時に、人間にしかできない経験だなあなんて思って
痛みや苦しみ的な部類の感情に尊ささえ感じる。
まあなにが言いたいのかというと、
「スタバさいこお⤴︎」ってことw
全国で同質の教育ができるスタバ様、すごい。
これは直営展開しているからこそだなあ、なんて
つまらないことを考えてしまい、つまらなくなっています。
もちろん店舗によってはホスピタリティに差を感じるけれど、
「その店や店員さんが文化に染まっているかどうか」なので
店長(スタバではなんて呼ばれているんだろう)や店員さんを責めたくなることはないなあ、
というか、そうやって客である私が”違和感”をもつことが、すごい。
お客さんにまでしっかりと文化浸透していている。
ブランディングともいえるのかな、すごいなあ。
ああ、今日のスタバは初めて訪れたのだけれど、
店員さんたちの動きを見ているだけで幸せな気持ちになれる。
ありがとうスタバ、気持ち悪い私。
✳︎
思い出すのは、いつも心で私を見てくれる、とある友人。
鍛えたというよりも、先天的なものだと思う、この能力は。
吐きそうになるような現実があっても、
今すぐ救われたい自分 v.s. 解決には時間が要されることが多い人生
前者は必ず負ける。
なぜかというと、自分は生き急ぎすぎているが、世の原理原則は変えられないからだ。
「風花のそういうところ、すごいと思うよ」
弱音を強みとして解釈し、伝えてくれたので、私の心はまたしても救われた。(先月?先々月?の話)
そして事実は点ではなく、苦しくなったときに思い出して
今日の自分も救ってくれる。
いつまでも、どこか自己満足になってしまうそれぞれの人生で
他人に救われることはある種不思議な体験だと思う。
誰かを笑顔にしたいのも
課題解決をしたいのも
わかんないけど、そうじゃないと嫌な気分になったり、気持ち悪いからやるという側面では、社会に出ても、誰しも自己満足を追いかけている。
しかし冷めているわけではなく、なにかに対して情熱をもって
誰かが救われて、最近はすーぐギスギスする社会が
ちょっと穏やかになるのなら、とても価値のある行動だと思う。
私も、1秒でも長く笑っていたいので、周りががんばっていると
心の中で(いいぞもっとやれ)って言ってる(笑)
周囲が成長するのが怖いとか、勝っていたい気持ちは痛いほどわかるのだけど
その思考はシンプルに、論理で結論づけると自分のためじゃない。
人は悔しくなるほど環境の生き物なので、
自分が優秀層にいるということは、天井が低い環境に身を置いているということ。
※「強みが発揮できるフィールドで戦う」ということとは少し違うので、勘違いしないでネ。
周りにいっっぱい優秀なヤツがいて、うわあ〜自分ゴミだなあ〜〜
って思うくらいが個人的にはちょうどいい。ありがたい。
自分はゴミ。と思いつつ、ちゃんと自分の良さは分かっているので
「やるしかないなあ」と前向きになれる、ようになりました。
人の成長を喜べるようになると、人生は一気に加速する。
話が逸れたけど、
人の一生は、自己満足感がどうしても拭いきれない、としても
悩みもがき苦しむことすら健康的であるし
そんな人の集合体で社会ができていて、
事実、良くなっているのかはさておき、
「良くしよう」という動きがある。
そして事実、誰かと感動したり、幸せな気持ちになる出来事はあるので
明日も生きていこうねというお話。
(実は着地を考えずに書き始めたんだけどねw)
綺麗な文章を見つけたので、シェアハピしまあす。
世界は美しいね。
時間が来たので、今日はここまで。
リライト無しですがお許しを。
2021年7月31日
ありがとうございます♡