三軒茶屋、田園都市線、そして渋谷。
今の私に必要なのは、文章を書くことではないかもしれないが、書きたくなったので書きます。
今日は、大学の後輩と三軒茶屋で待ち合わせ。
彼女は2年生なので、コロナ禍入学。
大学では一度も会っていない。
もう出会いは覚えていないのだが、なにかのきっかけで電話することになり、その後定期的に会う仲になった。
(あ、そうだ。ライターの仕事について聞きたいと言ってくれたんだ。)
彼女は今、私が2年間住んだ街で、ひとり暮らしをしている。
三軒茶屋がほんとうに初めてだというので、会話を楽しみつつ、お気に入りだったパン屋や毎日通った古着屋、散歩中に見つけた道を紹介するなどした。
(先ほど登場した街に2年間住んだあと、三軒茶屋に住んだこともあるのです。)
「デートプランがたくさん浮かびます〜〜!まずは相手を見つけないとですけどね。笑」
楽しそうにそう話す彼女を見て、(私の三軒茶屋は、ちょうどこの子と同じ歳の私が、恋人に教えてもらったんだった。)と過去について思い出す。
私は過去についての感情をきれいに忘れてしまうタイプのようで、事実だけが映画のように頭を流れる。
忘れた感情がどれほど尊くて、どれほど熱いものだったのか。
思い出せないので、寂しくなることはない。
彼女には「また会いましょう」と告げ、反対方面の電車に乗る。
中央林間行きに揺られていた時期もあったな、なんて思いながら。
今や田園都市線は、過去の象徴みたいなものだ。
沸き起こる感情は過去を思い出すものではなく、現在とのギャップに苦しむ”今”の感情である。
渋谷から中央林間行きへ、三軒茶屋から中央林間行きへ、駒沢大学から中央林間行きへ・・
癖で向かってしまいそうになる、隠しきれないワクワクで足が速くなる。
泣きながら、アルコールで足をふらつかせながら、大人数で、疲れきって、2人で、1人で・・
若かったなあなんて振り返るほど時は経っていないが、たしかにあの頃は若かった。
いろんな世田谷ラブストーリーを見守ってきた。見送ってきた。
渋谷で降りた。
そのまま山手線に乗り換えて、新宿方面に向かってもよかったのだが、文章が書きたくなった。
適当に電源のあるカフェでも見つけて、文章を書こう。
JR渋谷駅からスクランブル交差点に向かって見えた景色に、私は思わず泣きそうになった。
ずっとずっと静かだった渋谷は、コロナ禍以前を思わせるほどの賑わいだ。
上京したての頃、ひとりで行った渋谷
入学式の後、即席でできた女子グループと行った渋谷
サークル活動でよく行った夜の渋谷
・・ナンパ師に声をかけられる。
「電源のあるカフェ知りませんか?」
どうせ話すなら有益であれ、と聞いてみたが、教えてもらえなかったのでテキトーにまいた。
過去の渋谷と、約2年ぶりの再会。
過去を過去だと認識する自分にようやく気づき、(私はなにも変わってないのになあ)と本気で思っていたこれまでの自分の過ちを認める。
私は、特定の出来事を過去として処理したのではなく、自分自身の変化によってすべてを過去に置いてきたのだろう。
ちゃんと進んでんじゃん。
後輩に投げかける言葉ではあるが、私が普段、自身に投げかけることはない。
大学の友人には、控えめに言って世界一だと思うくらいには恵まれた。
一緒に旅をした仲間も何人もいて、間違いなく私のアイデンティティを形成してくれたのは彼らだなあと思っている。
アイデンティティ【identity】
他とはっきりと区別される、一人の人間の個性。また、自分がそのような独自性を持った、ほかならぬ自分であるという確信。
(このまま卒業しちゃうの?)と抗わずにはいられない、あっけない大学生活だった。
外的要因を恨むつもりはないが、実質2年間の、淡い青春だった。
(HSP気質の後輩には情報量が多すぎたかもしれないな・・)、とADHD気味の私は帰りの中央線で考える。
個性を魅力と捉え、おもしろがれる人に恵まれた、幸せな大学生活だった。
私が途中でやめてしまった、人生のターニングポイントともいえるサークルの同期は、そんな人たちだった。
特にウチの会長は、なにがあっても私に呆れなかったので、ほんとうに強くて優しいと思う。
中央線には、まだ”誰か”との思い出が少ない。
このままじゃつまんないから、今後も胃もたれするような思い出をつくっていこうと思う。
2021年10月3日
ありがとうございます♡