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【ニンジャスレイヤーDIY小説】ヒット・ザ・ネイル・オン・ザ・ヘッド
【前書き】
2024年6月23日(日)に開催されたニンジャオン4のWEBアンソロジー企画、「おうちニンジャ」に寄稿させていただいた短編です。
エーリアス=サンが喫茶店でナンシー=サンとおしゃべりしたり、お家でセルフネイルに挑戦したりする話です。
以下本文となります。
◆◆◆
ネオサイタマにやってきてはや数か月、この体で生活するのにも慣れてきて、ようやく鍼灸師としての仕事もぼちぼち入るようになってきた。暮らすのに困らない程度の収入があるとやっぱり気持ちも明るく前向きになる。人生いろいろあっても意外と何とかなるもんだ。いやマジな話、いきなり仕事や住処を(強制的に)ほっぽり出して見知らぬ地にやってきた割には上出来だと思う。……この体を持ち主に返す手立てがわからないってこと以外は。
◆◆◆
「それで、収穫は?」
「ない、まったくない」
チャ・カフェのテーブルを挟み、俺はナンシー=サンの前で深いため息をついた。そしてテーブル横の回転ベルトを流れてきたオモチアイスを手に取ろうとして、カロリーのことを考えてやめる。代わりに二人分の湯呑へパウダー状のマッチャを入れ、蛇口からお湯を注ぎ込んで、もう一度ため息をついた。
「実際俺もかなり落ち着かないんだ。できれば早いとこ何とかしたいよ。ンでも、前例がなさ過ぎて何から調べて何を試せばいいのかサッパリ……」
「あらそう」
湯呑を受け取りながら答えるナンシー=サンのリアクションはそっけないようだが、露骨にがっかりされるよりマシだ。いろいろと手伝ってもらってるうえに、こうして集まってもらったのに、なんの報告もできない俺の不甲斐なさときたら……。だめだ、また落ち込んできた。
「私の方はいい話をもってきたわ」
「エッ!?なんかわかった!?」
思わず立ち上がりかけた俺を手で制し、ナンシー=サンが取り出したのは手のひらよりも少し大きい長方形の箱。天面には小さく並ぶ5つのチップの写真。……これが一体なんなのか、俺には見当もつかない。
「これって?」
「この前爪が割れるって言ってたじゃない?その解決策」
「アッ、あぁ~そんな話したっけ!でもナンデ?」
確かに、男女の体では爪の厚みが違うようで、仕事中に爪が割れることが増えたというようなことを雑談もしくは愚痴としてこぼした覚えはある。でも、それに対してわざわざ何かしてくれるとは思ってもみなかった。
「借り物の体なんだし、持ち主に返すことを考えたら日々のメンテナンスはしっかりしておくべきでしょう?」
「それは、まぁ、確かにそう、だけど……」
基本的な身だしなみの方法は、自分なりに調べて頑張ってるつもりだ。それでも至らないところがないか不安で、この件に関しても何度もナンシー=サンを頼りにしている。俺の体の持ち主とは浅からぬ因縁があるようだが、それでも快く相談に乗ってくれるのは、同じ女性として何か思うところがあるのだろう。
「これってどう使えばいいんだ?」
「説明書と必要なものはまとめてこの袋に入れてあるから」
「あー、ドウモご丁寧に……。お代は?」
「なら、ここのお茶代ってことで」
◆◆◆
支払いを終えて店を出る。俺の手にはいかにも高級そうなしっかりした材質の紙袋。ナンシー=サンはバイクにまたがってこちらを振り返り「手あたり次第なんでもやってみなくちゃね」と言い残して帰っていった。手当たり次第とはもちろん俺の体に関する調べもののことであり、この袋の中のネイルケアキットのことも指しているのだろう。確かに、前例がないからと言って手をこまねいているだけでは事態は好転しない。
「が、ガンバルゾー!」
気合を入れるために、控えめな声で自分を鼓舞する。たまたま近くを散歩していたケモチャンがこちらを向いて「ダヨネー」と鳴いて、それから歩き去っていった。
◆◆◆
「さて……!」
帰宅後、ナンシー=サンから手渡された袋の中身を広げてみると、まずその物量に圧倒された。えぇと、ジェルネイルシールに硬化用のUVランプ。それと仕上げ用のトップコートジェル、爪やすり、甘皮のケアセット、ネイルオフ用のリムーバー液。一緒に添えられた説明書を片手に、内容物をひとつひとつ確認していく。飾り気のないちゃぶ台の上に並べられたネイルケア用品は、どこか居心地が悪そうにも見えた。
「なになに、『最初から全部使う必要なし』と。よかった……。流石にぜんぶ使いこなせる自信ないぞ……」
とりあえず、まずはジェルネイルシールを爪に貼って、UVランプを使って硬化させるだけでいいらしい。それくらいシンプルな工程なら、やってやれないこともないだろう。なんせ俺はこの囲み目アイラインを習得した実績がある。そう、器用なのだ。多分。
「何事も挑戦、だよな!」
何種類かあるうちから、メタリックな輝きのある銀色のネイルシールの箱を手に取る。他の色は何種類かのデザインが混じっていて、組み合わせるのが難しそうだったので敬遠した。まずは手堅く、それが失敗しないコツだと学んでいるのだ。
箱の中には、爪の形に合わせたシート状の柔らかなジェルネイルシールとアルコールパッドのセット。パッドで爪表面の油分や水分を拭ってから、爪のサイズにあうシールを選び、なるべく爪の生え際に沿うように隙間なく貼っていく。長さが余った部分を適当に爪切りで切り落とし、UVランプを当ててジェルを硬化させていくと、あっという間に左手の指先が華やかになった。
「おぉ、これは結構カワイイのでは!?」
仕事の都合上、爪を伸ばすことはできないが、短い爪でも十分シルバーカラーが映えて手元が明るく見える。切りっぱなしでガタついている爪の先端を爪やすりでなめらかに整えれば、誰が見ても立派な仕上がりといえた。それに見た目がカワイイだけじゃない。爪の表面にジェルの層ができたことで、厚みや強度もグッと増している。
「スゴイな、楽しいぞ……」
実際、隙間なくネイルシールを貼ったり先端にやすりをかける作業は、プラモデルの仕上げ作業にも似ていて、意外とうまくできた気がする。デカールを貼ったりバリを取る作業の経験がこんなところで活きるとは思わなかった。
「いやでも、問題は右手だよなぁ」
仕上げまで完了した左手と、素爪のままの右手を見比べる。利き手で作業できる左は問題なかったが、反対側を同じように仕上げられる自信はない。しかし、このまま左右ちぐはぐな手でいるわけにもいかず、ため息をつく。いや、大丈夫。俺ならやれるはずだ。なんたって器用なのだから!
◆◆◆
「で……できた!!」
悪戦苦闘の末に仕上がった両手の爪を見比べる。ネイルシールを二枚ほど犠牲にしたが、左右ともに均一に仕上がった、ように思う。見たか!これがニンジャ器用さのパワーだ!
「これ、思った以上にいいかもな」
ナンシー=サンは「爪の補強用に」と言っていたが、強度はもちろんのこと、見た目も華やかでいい。手元は常に視界に入るから、そこがキラキラしていてカワイイとこう、気分的なものもアガる。
「気に入るといいなぁ……」
できる範囲で、体の持ち主のことは尊重したいと考えている。メイクやファッションについては特に。体を借りることになった経緯が経緯だったから、あれこれ細かいことは覚えていないが、このネイルは彼女のファッションセンスに合致するだろうか。いつか、その日が来たら聞いてみたいと思う。
「よっしゃ!ガンバルゾー!!」
いつかくるその日のためにも、地道な調査が必要だ。そしてそれを支える日々の生活。先ほどは居心地が悪そうに見えたネイルケア用品も、繰り返し使っていけばアイライナーやクレンジングオイルのようにこの暮らしになじんでいくに違いない。
【ヒット・ザ・ネイル・オン・ザ・ヘッド】終
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