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小学生のときに発生した『おっぱい事件』のことは一生忘れないだろう

 あれは僕が小学生のときのことでした。何年生だったでしょうか。4年生だったような気もするし、5年生だったような気もします。僕は埼玉県さいたま市の武蔵野小学校という所に通っていました。仲の良い同級生に、吉田君という陽気な少年がいました。吉田君は授業中によく鼻血を出すことで有名でした。

 ある日、授業がすべて終わり、僕は下駄箱からスニーカーを取り出しました。そしてそれを履こうとしてしゃがんでいるとき、横から吉田君に話しかけられました。「ねえねえ田中君、『いっぱい』の『い』を『お』にして言ってみて!」と。

 『いっぱい』の『い』を『お』にすると、『おっぱお』になるのだが、僕はうっかり『おっぱい』と答えてしまう。それを聞いた吉田君は、「ちがうよ、『おっぱい』じゃないよ。『おっぱお』だよ。田中君って、おっぱいのことばかり考えているんだろう。エロい奴だなー!」と馬鹿にする。というような流れを、吉田君は想定していたのだと思います。

 しかしながら僕は、うっかり『おっぱい』と答えはしたものの、吉田君に馬鹿にされることはありませんでした。なぜなら、僕は堂々と「おっぱいだよ」と答え、以下のように続けたからです。「おっぱいは男にだってあるし、別に恥ずかしい言葉じゃないよ。だから僕は胸を張って言えるよ、何度でも言えるよ、おっぱいという言葉をね」。

 吉田君は僕の威勢にたじろいだ様子で、「あの、『おっぱい』じゃなくて『おっぱお』なんだけど…」と小声で言いました。僕はそれを耳にして初めて、「しまった! 『おっぱい』じゃなくて『おっぱお』だった!」と気が付きました。僕は顔が急激に赤面するのを感じながら、「なんてこった! 間違って堂々と『おっぱい』と言ってしまった! しかもそれを正当化してしまった! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!」と思いました。そして僕はそそくさとスニーカーを履き、あっけに取られている吉田君に別れを告げて、速足で校舎から出ました。

 僕は未だにこの『おっぱい事件』のことをよく覚えています。鮮明すぎるくらい鮮明に覚えています。吉田君のあっけに取られた顔と、「『おっぱい』じゃなくて『おっぱお』なんだけど…」という小声の台詞は、目と耳にしっかりと焼き付いています。1年に10回くらいは思い出しているし、これから先も同じくらいの頻度で思い出すことでしょう。おそらく一生忘れないだろうと思います。

 もし僕に子供ができることがあったら(たぶん子供どころか結婚すらできないと思うけど)、そしてその子供が小学生くらいになったら、よくよく教えてあげるつもりでいます。「『いっぱい』の『い』を『お』にしたら『おっぱお』だよ」と。「決してお父さんのように『おっぱい』と答えてはいけないよ」と。

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