短編小説を目指した怪文書_1
夏の夜に
散歩に行きたい。行き先に当てはない。でも、どこかに行きたい。
そぞろ歩きへの欲求が熱気のように立ち上っていた。
夏が来た。
梅雨明けの1週間ほど前から、日中の気温が35度を超える日が続いている。陽射しの勢いに背中を押されるようにして人々も活気付く。今日は駅前でビアフェスタが催されていることもあってか、街全体がいつもより賑やかだった。友人たちもビアフェスタを思い思いに楽しんでいるようで、会場で配られる特製のタンブラーや会場を写した写真がSNSのホーム画面を彩っている。人混みと暑さが苦手なので行かなかったが、ビアフェスタの写真を見ているうちに自分も誰かと外に出たくなった。少し思案したのち、スマホのアプリを切り替えて「彼」とのトークルームを開く。
「彼」は同じ大学に通う二つ下の友人だ。今年の春にサークルを通じて知り合い、活動を共にするうちに馬が合って、今では通話や散歩をする仲である。とはいっても恋人として付き合っているわけではない。仲の良い友人の域を出ないだろうと思っている。この関係について「彼」がどう思っているかは分からないが……種々の反応や対応を鑑みるに、悪く思われてはいないはずだ。対する私は、少しのもどかしさと、近づきすぎず離れすぎない心地よさを感じていた。もっと仲良くなれたらいいけれど、それを相手が受け入れてくれるか分からない。ならば、今のこの関係を維持した方が私にとって良い。これが、自問自答の末に導き出した結論だった。
そんな関係の「彼」だから、喫緊の用事がない限り今夜の誘いに乗るだろう。そう思って、スマホの画面に指を滑らせる。
程なくして、既読のサインと共に承諾の返事が来た。
待ち合わせの時刻になったので、待ち合わせ場所に向かう。時刻は21時をすぎていたが、日中の暑さの気配は残っていて、夏の夜特有の湿気と共に冷房で冷えた体を出迎えた。
指定した地点に行くと、既に「彼」の姿があった。遅れを詫びると、僕も今来たところですから、と返された。そう、なら良かったと応じつつ、どこに行こうかと相談を持ちかける。少し考え込んだ「彼」は、ここから南に少し歩いたところにある公園までどうか、と提案してきた。そこなら途中にコンビニがあって涼むこともできる。その提案に否やは無い。返事もそこそこに歩き始めた。
こうして夏の夜に「彼」と散歩をするのは今回が初めてではない。サークルの活動がひと段落する21時過ぎくらいに落ち合って、途中コンビニでアイスを買い、公園でそれを食べながらひと時を過ごすというのは最近何回かやっていた。
今日の活動の様子を聞きながら、歩みを進める。前を向いて話す「彼」の横顔は大層楽しそうで、良かったなと思うと同時に、少しの羨望と嫉妬を覚えた。部屋で一人きりだった自分に対して、仲間と過ごしている「彼」の様子があまりにも鮮やかだったから。いいなあ、充実していてという思いと、なんて身勝手な嫉妬なんだという思いが相剋する。そんなことを感じているうちに、コンビニに着いた。
何にしようかな、とアイスの詰まったケースを二人で物色する。「彼」は決めかねているようで、あれもいいがこれも捨てがたいな、などとぶつぶつ呟いていた。そんな「彼」を横目にどれがいいかと思っていたら、チョココーヒー味のパピコが目に入ってきた。最後に食べたのはいつだったか。懐かしさに浸っていたその時、パピコを一つ買って二人で分け合えばいいという「妙案」が浮かんだ。
「彼」はまだ悩んでいる。体も冷えてきたことだしそろそろ決めないか、決まらないんだったらパピコでもどう、と言ったら、「彼」はやや目を見開いたあと、快諾した。
会計を済ませて、先に外に出ていた「彼」の元へ。ごちそうさまです、という「彼」になんの、と言いながら公園へ向かった。
夜の公園はひっそりとしている。夜であることに加えて、この熱気と湿度で公園に行こうという人はそうそういない。道に沿って木々が植っている傍らのベンチに二人で腰を下ろした。
コンビニを出てからここに来るまで、サークルの活動について話をしていたのだが、ネタが尽きたのか座ってからは沈黙が続く。このままその沈黙に身を委ねていても良かったが、パピコの存在を思い出してレジ袋から取り出した。バリバリ、ぱきり。
「はい。」
「あ、ありがとうございます。」
半分に割った片方のパピコを「彼」にやり、おもむろに食べ始める。チョココーヒー味のクリーミーな甘さに、歩いた疲れが溶けていく。
「恋人みたいですねえ。」
不意に、「彼」がぽそりとつぶやいた。何の気なしに言ったのだろう。けれどその一言は、穏やかだった心を波立たせた。「彼」はこの関係をどう思っているんだろう。さっきの嫉妬は恋心の裏返しでもあるんだろうか。もっと仲良くなりたいのにな、それこそ「恋人」のように……様々な思いが寄せては消えていく。疲れを癒していたチョココーヒー味の甘さはやがてほろ苦さへと変わっていた。
「そうだね。」
かろうじて口にした返事はすぐに空に吸い込まれる。
ベンチに座る二人の間には、拳一個分の距離と生ぬるい空気があった。
この小説は以下のツイートを基に書いたものです。
書き終わっての雑感
久々にいわゆる1次創作の小説を書きました。
ノープロットのぶっつけ本番という、いい加減な製作スタイルでしたが……
最初思い描いていたエンディングはもう少しほのぼの優しめだったんですが、筆に任せていたら何だかほの暗くなってしまいました。どうしてこうなった。
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次があるかどうかはわかりませんが、励みになるので……。
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