2/14(金)進級
おはようございます。昨日は更新の途中で寝落ちしてしまいました。。。
と言うことで、続きからそのまま書いていこうと思います。
こんばんは!!
早速ですが、今日は昨日の続き「中学二年生編」を書いていきます!!
昨日の記事を載せておくので、こちらから遡って読んでください!
新入生
4月になり学年が上がると、新しいチームメイトが増えます。
一年生の時の私のように、この学校で強くなって活躍してやる、と希望に満ちた目をして入学してきます。そんな後輩たちの面倒を見るのが、二年生の仕事です。
二年生という立ち位置は上の先輩たちを追い越さなければいけない、うかうかしていると、下から後輩が追い上げてくるというポジションなのですが、なぜか4月初旬の私には余裕というか、先輩になって浮き足立っているというか、、、慢心のようなものがありました。
役割
一年生の時に全国優勝メンバーの一員であったことで鼻が伸びていたのかもしれません。しかし、監督はそんな私に「下級生指導係」という役職を与えました。
名前の通り、下級生にいろいろ教えてあげたり、面倒を見る係です。
速攻で私のダメなところに気付いて役割を与えてくれたことで、気が引き締まりました。自分で言うのもなんですが、役割が明確なほどやる気が出ます。アバウトになればなるほど、怠けてしまいます。笑
ただ、私には弟が二人いる長男なので、面倒を見ること自体は苦ではありませんでした。そしてここに関しては、指導者としても大事な部分を持っているのではないかなと思います。
一年生の時には、先輩についていく、練習についていく、授業についていく、とまずは目の前のことをできないなりに一生懸命一つずつこなしていました。
「二年生になったらそれだけではダメなんだぞ」と監督からのメッセージだったのかもしれません。
下級生に指導すると言う役割が与えられたことで、まずは自分がしっかりできないといけないと、浮かれている場合ではないと、考えさせられました。
こういう観察力は指導者になった今、本当に必要なことだと思いますし、それに気づかせてくれた監督はすごいなと思います。
夏
全中のシーズンがやってきました。
市大会、地区大会、県大会と勝ち抜かなければ、全国大会には出られません。
もちろん個人戦、団体戦ともです。各予選で上位に上がらなければ、次に繋がりません。特に県から全国へは優勝者だけなので、選手は死ぬ気で戦います。
そんな厳しい予選を中二の私は通過することができたのです。
なんと個人戦で全中の切符を手に入れたのです。個人初の全国大会です。
めちゃくちゃ嬉しかったです。個人戦は仲間が助けてくれるわけではないので、本当にその人の強さがないと勝ち上がれません。
団体でみんなに助けられて勝ったあの喜びを超えたかもしれないくらい嬉しかったです。
この学校に進学する時に、特に全国で活躍していたなどの結果がなかったので、
「試合に出る「試合に勝つ」よりも、
「少しでも強くなれるように」
と言う基準で入る覚悟を決めたのですが、それが間違っていなかったと言う思いが強く、自分の成長が結果として出たので嬉しかったです。
本番
全国の切符を手に入れてから、たくさんの遠征に連れて行ってもらいました。
いろんな経験をさせてもらって、でも当時の僕には、
「何を準備して、何をしなければいけなかったのか」
が何もわかっていませんでした。
「ただ頑張る」
これのみでした。
当然、準備不足なわけですから、たくさん経験を積んで自信がついたとしても、
本番になると、脆く崩れてしまいます。
当時の私にはあれだけ練習したのになんでこんなに緊張するのか不思議でした。
本番になれば、やってきたことが出る、なんとかなる。と根拠もない自分に都合の良い思考で無理やり不安を抑えると言う感じですね。
そんな不安を抱えた全中個人戦。初めての全国個人戦。
前日の夜、緊張のあまり目を瞑ると、ドキドキして眠れませんでした。
当日の朝は早く起きすぎてしまって、ソワソワして、でも何をしていいかもわからない状況でした。
もう完全にテンパっていました。笑
試合の前にもう負けている状況ですね。笑
結果は、一回戦、鹿児島県代表に判定2−1であっさり負けてしまいました。
準備から試合まで何もできずに、全てにおいて負けました。
あんなに悔しい思いをしたのも今となっては良い思い出です。笑
負け
しかし、「失敗(負け)から得ることがある」と言う言葉があるのですが、当時の私は
「弱いから負けた。もっと練習しなければ。」という何もわかっていない、解決しない方向に進んでしまいました。
「人よりたくさん練習する」
響きは良いですが、とても抽象的な言葉です。
今この間違いの重大さがわかるのも、当時の何も知らない、よく言えば純粋な私がいたからかもしれません。これこそ本当の「失敗から学ぶ」の良い例ですね。
偉業
私の夏はこれで終わったのですが、忘れてはいけないのが団体戦。
うちの学校は、去年までで三連覇。この年は四連覇がかかっていたのです。
四連覇は当時まだどこの学校も成し遂げてはいません。
そんな前人未到の記録に挑戦をしたのが、私の一つ上の先輩たちです。
どれほどのプレッシャーを感じたか想像もつきません。
今までの先輩たちがいて、初めて挑戦できることですから。
そんなプレッシャーの中、一戦一戦目の前の試合に集中し、一つずつ勝ち上がり、
なんと!
四連覇を達成してしまったのです。史上初の快挙です。
歴史に名を刻んだ瞬間に同じチームに入れたことを誇りに思います。
いまだにこの快挙を成し遂げたのは、うちの学校のみです。
私は、指導者となった今この快挙がどれほど難しいことなのかを痛感しています。
ただ、この記録を塗り替えたいと思うのも事実です。なんとかして成し遂げたいと思います。
役員交代
歴史に名を残した夏も終わり、役員交代の季節が訪れました。
部員の投票と監督の考えで決まるのですが、
私は主将を任されることになったのです。
五連覇を目指すチームの主将。プレッシャーもすごかったですが、それと同じくらいワクワクもすごかったのを覚えています。
新チーム
三年生が中学での役目を終え、残った一、二年生で新しく動き始めました。
三月の全国大会。これはオープン参加なのでどんなチームも出れるのですが、故に参加校も多くレベルの高い試合です。
新チーム、キャプテンとして初めて挑む全国大会。
昨年も優勝しているので、二連覇も狙える大会。
なんと、二連覇を達成したのです。この時もお互いが助け合って団体戦の良さが出ていたことを覚えています。自分としては決勝戦を引き分けてしまったので、嬉しさよりも悔しさが上でしたが。。。
ただ、一年生の時には、引分で喜べていたのに、二年生では喜べない。
ちゃんと立場や責任が変わることで、気持ちも成長していたのだなと今になって思います。
次回!!
一年生に引き続き、二年生も濃い一年でした。
こんなに濃い経験なかなかないと思います。
柔道だけでなく、人間としても大きく変化のあった一年だったと思います。
次回は「中学三年生編」を書いていきたいと思います。
激濃いな一年です。笑
更新楽しみにしていてください!!
また、読んでくださったみなさん、ありがとうございます。
よろしければ、スキ、フォローよろしくお願いします!!
では、また!!
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