高際普錬(静まりたる炎の残骸)
このような旅路に至った経緯について。
12年前の雨の日だったろうか。雷は大きな音をたてて、空を割って裂いた。鋭く光った稲光とともに、朝から昼へ。そして、静かで、光から弾かれたものたちの姿を隠す夜がほほえむ。月はいつでも私に笑いかけているだろう。 静かな雨の音に変わりつつある大地が雨を吸って、産声をあげようとしている芽。乾いた大地にうんざりして、潜んでいた生き物たち。その息吹を感じている。
どこか鉄のにおいがする。建物の裏にあるのはひとつの花壇だけ。その花は、真っ青に染まっている。その青さは凍てつく海、暑い日本の夏の空を思わせる。風が、そっとおだやかな優しさを運んできたような感覚。いざ、その建物は、私の生まれた生家のようだった。記憶の断片が、ゆるやかに回転して、ゆるやかに流されていく。何に?今と未来にだ。
私は建物のドアをノックする。インターホンらしきものはない。建物から何の光も見えない。いつか見た黄金の太陽を私がここに発見しようと夢想しただけなのだろう。いつしか、この空想上の建物は、ビルに変わり、お城に変わり、そして、この地球そのものに変わっていったのだろう。私はこの建物が、もはや私にとって空想上の彩りをモノクロに塗りつぶすだけのものに成り果てているのに、静かに終わりなき、今を悔いた。雨がいつの間にかやみ、外に街燈をもった人々の列が続いている。どこにいくのか?と問うてみる。人々は答えずにあるき続ける。止まってしまったら、死が待っているとでもいうように。そのうちの1人の顔を見たとき、私は声をあげてしまう。時が凍りつき、湿り気さえ奪っていくような冷厳な海。山の頂上から流れ出る川の渦にまきこまれて、漂流してしまった魂に密かに十字を切る。
「なんじの御霊、願わくば、この川の砂のごとき塵になりて、その赤い流れが導きを与えたまわんことを」
加速した時の中で、今にとどめつつある身を憂う。指先がかすかに動く。質感がざらざらを残す。耐えようのない頭痛。耐えようのある腹痛。そして、耐えてはいけない痛み。
砂利道にたまる水たまり。避けずに歩く。水が跳ねる。進む先に大きな火が燃えている。
大きな声で誰かが歌っている。
「いずれのものごとにも 落としつつある この灰となりて いつくしみを 足りながら さも 足りながら 負いつつある骨の髄」
火に吸い寄せられ、私はあるき続ける。きっと火の中に私は吸いこまれ土になる。