7/28資源の非米側が金融の米国側に勝つ
資源の非米側が金融の米国側に勝つ
2022年7月28日 田中 宇
今年2月、ウクライナ戦争開始とともに、米欧日(米国側)が、ロシアを米国側の経済体制・金融システムから完全に追放する史上最強の経済制裁を発動した。米国は、対露経済制裁に協力しない国をロシアと同様に米国側の経済体制から追放するぞと言い出した。米国側から追放されたロシアは、中国やインド、イランなど、米国の支配に従属したくない非米諸国を誘い、非米諸国が全体として米国に依存しない独自の経済体制・金融システムを作ってそちらに移行し、米国側の経済体制・金融システムから離脱して逆に米国側のシステムを衰退・崩壊させようとする策を開始した。ウクライナ開戦とともに、世界は経済的に米国側と非米側に分裂し始めた。ウクライナ戦争はとろ火の状態で今後ずっと続くので、こうした世界的な分裂もずっと続く。 (米欧との経済対決に負けない中露) (優勢なロシア、行き詰まる米欧、多極化する世界)
非米諸国には決定的な強みがある。それは、世界の石油とガスの埋蔵量の大半を、非米諸国の国営石油ガス会社群が保有していることだ。世界的なエネルギー分析会社・シンクタンクであるウッドマッケンジー(本社英国)が最近まとめた報告書によると、世界の石油とガスの確定埋蔵量の65%が、ロシア2社、サウジアラビア、イラン、カタール、アブダビ、ベネズエラの国営石油ガス会社の保有だ。この7社をまとめて「新セブンシスターズ」と呼ぶ。1940-70年代に米国系7社と英国系2社の石油会社が世界の石油利権のほとんどを支配しており、それらの米英7社を「セブンシスターズ」と呼んでいた。かつては米国側が世界の石油を支配していた。だが今の米国側は、合計で世界の石油ガスの3割しか保有していない。
この10年間に発見された新規の埋蔵量は米国側より非米側の方がはるかに多く、新シスターズの優勢が増していく傾向だ。非米側では、ウッドマッケンジーがなぜか無視した中国の石油ガス会社も世界各地に多くの利権を持っている。旧シスターズなど米国側の石油ガス開発は、地球温暖化問題(という名の国際詐欺)の影響で阻止・自粛される傾向にあり、米国側が開発を放棄した世界各地の石油ガス田の利権が、非米側の国営企業のものになっていく。米国が巨額の軍事費と殺戮の末に占領したイラクの未開発の石油ガス田の利権の多くも、中露など非米側に取られている。
埋蔵状態の石油ガスを消費地に送れるようにして商業化する技術はこれまで米国側が圧倒的に高い。非米側が持つ石油ガスの中には商業化できるか不確定なものも多い。だが、これまでは世界経済の全体が米国側に支配され、米国側が技術を独占し、途上諸国・新興諸国と呼ばれてきた非米諸国への技術の移転を妨害してきたので、非米側に石油ガス開発技術が蓄積されにくかった。今のように、米国側と非米側が決定的に分裂し、米国側が非米側を支配できなくなると、非米側が思う存分結束できる。非米側で比較的高い技術を持つ中露の結束が進むと、いずれ非米側の石油ガス開発技術が向上し、商業化できる割合が増す。米国側は、ロシアを思い切り敵視して完全制裁してしまったばかりに、露中など非米側を支配できなくなり、結束させ、優勢を与えてしまっている。
世界の石油ガス利権が非米側に移っていることは、遅くとも15年前の2007年から指摘されていた。当時、権威ある英国系の新聞FTが、非米側の7つの国営石油ガス会社が世界の埋蔵量の3分の1を握り、どんどん優勢になっていると報じていた。7社の顔ぶれは今回のウッドマッケンジーと異なり、ロシア、中国、サウジ、イラン、ベネズエラ、ブラジル、マレーシアになっていたが、非米側が優勢、米国側が劣勢になっていく傾向は今と同じだ。世界を永久に支配したかったはずの米英が、なぜ15年以上前から世界の石油利権を非米諸国(新興諸国)に明け渡してしまっていたのかといえば、その理由は「金融による支配」だ。
米英は1990年代以来、信用取引のトリックを使って石油ガス穀物金地金などすべてのコモディティの相場・価格を永久に引き下げておく技能を持っており、石油ガスの価格も低く抑えておけるようにした。石油ガス産業の利益は永久に低く抑えられ、そんな儲からない産業の利権を米英が持ち続ける必要はないので、非米側に下請けさせる意味で利権が移譲されていった。
米英は、起債や信用取引など金融技能で世界を支配し、資源など現物側の分野は新興諸国に下請けさせてきた。だがその後、2008年のリーマン危機から米英の金融技能が崩壊し始め、米英は中央銀行群のQE(造幣による相場テコ入れ策)で金融支配を延命してきたが、それも2021年からのインフレ激化で継続困難になり、ウクライナ開戦とほぼ同時の今年3月に米連銀がQEを終わらせた。
そして、ウクライナ開戦と同時に、ロシアが強烈に制裁されて米国側の経済金融システムから排除され、世界が米国側と非米側に決定的に分離した。それまで米国側の「下請け」に甘んじていた非米側は、世界の資源類の大半を持ったまま米国側から離脱し、米国側に依存しない独自の決済・通貨システムを構築していくことになった(通貨システムといっても相互に自国通貨を使う原始的な段階だが。いずれ複数通貨をバスケットした新制度が実用になるか?)。米国側は金融技能を持っているが資源・現物をあまり持っていない。ロシアなど非米側の資源類が米国側に入ってこなくなり、欧州はひどい石油ガス不足で経済破綻が加速している。金融的な相場抑止策は効かなくなっている。下請けだったはずの現物を持つ非米側が、金融支配してきた米国側を覆す下剋上が起きている。
ウクライナでの露軍の作戦は成功裏に進んでいる。国連によると、開戦以来のウクライナ市民の死者は、開戦から5か月近く経った7月12日にようやく5000人を超えた。負傷者は6520人だ。露政府でなく、国連の発表だから誇張はない。市民の死傷者がこんなに少ない戦争は珍しい。ウクライナ国民の半分前後はもともとロシアを敵視していない。だから露軍は市民をできるだけ殺さない。露軍の作戦は成功している。マスコミの歪曲報道に騙されてはいけない。露政府はウクライナの希望者全員に露国籍の取得資格を与えている。露国籍を申請したら逮捕だと人権侵害なことを言っているのはウクライナ政府の方だ。
ロシアはドンバスからウクライナ軍を追い出し、次はその周辺地域をじわじわとロシア側に取り込もうとしている。ウクライナでのロシアの策略は今後も成功裏に進みそうだ。ロシアが優勢な限り、米国は欧日を従えてロシア敵視・対露制裁を続ける。ロシアは、欧州など米国側への石油ガス輸出が減った分、インドや中国など非米側への輸出を増やして穴埋めしている。開戦から時間が経つほど、ロシアから非米側への石油ガス輸出のルートが確立し、ロシアは米国側に輸出する必要がなくなる。ロシアは、ドイツへの天然ガスパイプラインであるノルドストリーム1の定期点検に絡み、カナダで修理したタービンの返還をカナダ政府が対露制裁の一環として一時拒んでいたことなどを理由に、欧州に送るガスの量をどんどん減らしている。欧州のNATO諸国は、ロシアを敵視してウクライナに兵器を送っているのだから、対抗策としてロシアが欧州にガスを送らなくなるのは正当防衛だ。
欧州の天然ガスのスポット価格は、石油換算で1バレル330ドルに相当する額まで高騰している。欧州の人々は石油ガス電力が足りなくなり、生活苦が増している。この状態が続くと、企業倒産と大量失業、社会混乱、行政サービスの低下、反政府運動、暴動などがひどくなり、既存の左右のエリート政党の人気が落ち、ポピュリズムが勃興して選挙での政権転覆になる。ポピュリズム政権は、EU当局や米国やNATOの言うことを聞かなくなり、勝手にロシアと和解して資源を送ってもらいたがる。EUもNATOも機能不全に陥って崩壊していく。米国が欧州を傘下に入れていた時代が終わっていく。この過程に何年かかるかまだ不明だ。ロシアは悠然とかまえ、少しずつガスの輸出を減らしていく。プーチンは、18世紀のスウェーデンとの21年戦争を引き合いに出して、欧州との対立がこれから21年間続いてもロシアはかまわないよ、と言ったりしている。21年よりはるかに短い期間で、欧州はロシアに屈服する。欧州のエリートたちは、自分たちの支配が失われるぐらいなら、米国を無視してロシアと和解したくなる。
日本は、欧州に比べて実質的なロシア敵視がかなり少ない。安倍晋三を殺された自民党(岸田)は、その後、殺害黒幕の米国の言いなりになってロシア敵視を増すかと思いきや全くそうでなく、日本政府はロシアにお願いしてサハリン2の利権(資本の持ち分)を維持することを決めた。安倍は何のために殺されたかという感じだが、その分析はあらためて書くとして、日本は水面下でロシアとの協調姿勢を維持している。日本はたぶん中国とも隠然と協調し続けている。これから米英が台湾などを材料に中国敵視を強めても、日本(自民党+官僚)はそれにできるだけ参加しないようにする。こうした敵対回避策により、日本人は欧州人よりましな生活を送り続けることができる。
米英は、これからさらに中国敵視を強める。米国からはペロシ下院議長が8月に台湾を訪問しそうだ。共和党議員団の中からもペロシの台湾訪問を支持する声が増えている。バイデンは、インフレ緩和のために中国からの輸入関税を引き下げる親中国政策をやりたいのでペロシの台湾訪問に反対してきたが、議会の超党派での攻勢で反対し切れなくなっている。英国では、最近の中国敵視の急先鋒をつとめてきたリズ・トラス外相が、親中国派だったリシ・スナク元財務相を破って次期首相になりそうだ(マスコミ報道と裏腹に。まだ流動的だが)。米英が中国敵視を強めるほど、中国は、ロシアによる「資源を持つ非米側が、金融で支配する米国側を倒す下剋上」に協力するようになる。
プーチンのロシアは、自分たちが進めている下剋上の試みに中国が全面協力してくれると、とてもうれしい。だが中国には、米国側と対立せず経済関係を維持した方が儲かるので良いという考え方がある。ロシアが頼んだだけでは中国はあまり動いてくれない。だがそこに、米英が全力で中国を敵視する新たな政治力学が加わると、それならロシアに協力して米国側を経済的に潰してしまった方が早道かも、と考える傾向が中国(習近平の頭の中)で強まる。これがウクライナ開戦直後だったら、ロシアが優勢になるかどうか不明だったが、今ではもうロシアの優勢は揺るがず、欧州など米国側が自滅していく流れも不可逆になった。中国がロシアに協力して米国側を潰すなら今だ。まさにそういうタイミングを狙って、ペロシが台湾に送り込まれ、英国で中国敵視のトラスが首相になりそうになっている。
プーチンはとても上手だ。最近はシリア内戦解決のための非米側のサミット出席のためにイランを訪問し、露イランの間で軍事や石油ガス開発などの経済協力の話をまとめた。米国がイスラエルの圧力を受けてイラン核協定を再開できず、イランを米国側に引き戻すことに失敗し続けている間に、プーチンがイランに接近して非米側に取り込んでしまっている(もともとイランを米国側に引き戻すことはブッシュ政権以来できないことだったが)。中露イランが非米側の中核として結束すると、そのまわりにいる中央アジア諸国、トルコ、アラブ諸国、アフガニスタン、インドなども引っ張られて非米側に入る傾向を増し、ユーラシアは非米側の大陸になり、そのぶん米覇権が低下する。最近の記事に書いたように、プーチンはガスのパイプラインを使って中央アジアやアフガニスタン、インドを取り込む外交も展開している。
非米側と米国側の対立に関して、非米側が世界の石油の大半を握り、米国側の金融バブルが大崩壊して覇権が衰退しても、しょせん非米側は貧しい国々ばかりなので、非米側が世界経済の中心になるはずがない、と考える人がいるかもしれない。その考えは、これまで米国側(米英)が世界支配を恒久化するために非米側の経済発展を阻止してきたことを忘れている。下剋上が完遂し、非米側が米国側の妨害なしに発展できるようになると、貧しかった非米諸国が経済発展しやすくなる。それから20年もすれば非米側にたくさんの中産階級が生まれ、経済発展が軌道に乗った状態になる。貧しい状態のまま抑止されてきた非米諸国を経済発展させる。
このテーマはまだ書きたいことがいくつもあるし、この記事もまとまりが悪いが、続きはあらためて書く。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?