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ロシアと中国に関する西側の誤った言説

ロシアと中国に関する西側の誤ったナラティブ
投稿日時: 2022年9月3日 by Jeffrey Sachs

世界が核の危機に瀕しているのは、西側の政治指導者がエスカレートする世界紛争の原因について率直に言わないことが少なからず影響している。西側は高貴でロシアと中国は邪悪であるという容赦ない西側のナラティブは愚かで非常に危険である。これは世論を操作するためのものであり、非常に現実的で差し迫った外交に対処するためのものではない。

西側の本質的なナラティブは米国の国家安全保障戦略に組み込まれている。米国の考え方の核心は、中国とロシアは和解し難い敵であり、「米国の安全と繁栄を侵食しようとしている」というものだ。米国によれば、これらの国は「経済の自由度と公平性を低下させ、軍備を増強し、情報やデータを支配して社会を抑圧し、影響力を拡大しようと決意している」という。

皮肉なことに1980年以来、米国は少なくとも15回、海外での戦争を選んでおり(アフガニスタン、イラク、リビア、パナマ、セルビア、シリア、イエメンなど)、一方中国は一度も参戦しておらず、ロシアは旧ソ連邦以降1回(シリア)しか参戦していない。米国は85カ国に軍事基地を持ち、中国は3カ国、ロシアは旧ソ連以降1カ国(シリア)しか持っていない。

ジョー・バイデン大統領はこのナラティブを推進し、現代の最大の課題は独裁国家との競争であると宣言している。独裁国家とは「自らの力を高め、世界に影響力を輸出・拡大しようとし、今日の課題に対処するより効率的な方法として抑圧的な政策と実践を正当化している」国である。米国の安全保障戦略は一人の米国大統領の仕事ではなく、ほぼ自律的な秘密の壁の下で運営されている米国の安全保障組織によるものである。

中国とロシアに対する過剰なまでの恐怖は、事実を改ざんして西側諸国の国民に売られている。一世代前のジョージ・W・ブッシュ・ジュニアは、米国の最大の脅威はイスラム原理主義だという考えを国民に売り込んだ。しかし聖戦(ジハード)を行う人を作り、資金を供給し、アフガニスタンやシリアなどに米国と戦うために配備したのはCIAとサウジアラビアやその他の国であったということには触れなかった。

または西側メディアによって理由なき攻撃として描かれた1980年のソ連のアフガニスタン侵攻を考えてみよう。数年後、ソ連の侵攻の前に、実はCIAの作戦があり、ソ連の侵攻を誘発するように計画されていたことを我々は知ったのである。シリアに関しても同じような誤情報があった。欧米の報道機関は、2015年に始まったシリアのバッシャール・アル・アサドに対するプーチンの軍事支援に対する非難で満ちているが、2011年に始まったアル・アサド政権転覆を米国が支援し、ロシアが支援する何年も前にアサド転覆のための大規模作戦(ティンバー・シカモア)にCIAが資金提供していたことには触れていない。

また最近では、米国のナンシー・ペロシ下院議長が中国の警告にもかかわらず無謀にも台湾に飛んだとき、G7のどの外相もペロシの挑発を批判しなかったが、G7の閣僚は揃ってペロシの訪台に対する中国の“過剰反応”を厳しく批判した。

ウクライナ戦争は、ロシア帝国の再建を目指すプーチンの理由のない攻撃であるというのが欧米のナラティブである。しかし、本当の歴史は、西側がゴルバチョフ大統領に「NATOは東方拡大しない」と約束したことから始まり、その後、NATOの拡大が4回繰り返され、1999年に中欧3カ国を、2004年に黒海とバルト海沿岸諸国を含む7カ国を編入し2008年にはウクライナとジョージアへの拡大が決定した。そして2022年には、中国を狙い、アジア太平洋地域4か国のリーダーをNATOに招いている。

また、西側メディアは、2014年のウクライナの親ロシア派大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチの転覆における米国の役割について言及しない。ミンスクⅡ協定の保証人であるフランスとドイツ政府がウクライナに公約を実行するよう圧力をかけなかったことも、トランプ政権とバイデン政権の間にウクライナに送られた米国の膨大な軍備が戦争につながったこと、また、米国がNATOのウクライナへの拡大についてプーチンと交渉することを拒否していることも報じていない。

もちろんNATOは、それは純粋に防衛的なものだからプーチンは何も恐れるべきではないという。つまり、プーチンはアフガニスタンやシリアにおけるCIAの作戦に注意を払うべきではないし、1999年のNATOによるセルビア空爆も、2011年のNATOによるカダフィの転覆も、バイデンがプーチン失脚を求める「失言」をしたこと(もちろん、これは失言ではない)も、ロイド・オースティン米国防長官が米国のウクライナでの戦争目的はロシアの弱体化であると発言したことも無視するべきだというのだ。

これらの核心にあるは、中国とロシアを封じ込め、あるいは打ち負かすために、世界中で軍事同盟を強化し、世界の覇権国家であり続けようとする米国の試みである。これは危険で、妄想的で、時代遅れの考えだ。米国は世界人口のわずか4.2%であり、現在では世界GDPのわずか16%(国際価格で測定)である。実際G7のGDPの合計はBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のそれを下回り、人口はG7が世界のわずか6%であるのに対しBRICSは41%である。世界の覇権を握ることを自己の幻想とする国はただ1つ、米国である。米国は早急に安全保障の真の源泉を認識する必要がある。覇権という幻想ではなく、国内の社会的結束と世界各国との責任ある協力関係である。

このような外交政策の見直しにより、米国とその同盟国は中国やロシアとの戦争を回避し、世界が無数の環境、エネルギー、食糧、社会危機に直面することが可能になる。

とりわけ、この極めて危険な時期に、欧州の指導者たちは欧州の安全保障の真の源泉を追求すべきである。米国の覇権ではなく、すべての欧州諸国(ウクライナを含む)の正当な安全保障上の利益を尊重する欧州の安全保障体制、さらには、NATOの黒海地域への拡大に抵抗し続けているロシアを含む安全保障体制である。欧州はNATOの非拡大とミンスクII協定を履行していればウクライナでのこのひどい戦争を回避できたという事実を反省すべきである。現段階では軍事的なエスカレーションではなく、外交こそが欧州と世界の安全保障のための真の道なのである。

Jeffrey D Sachs:コロンビア大学持続可能な開発教授、保健政策・管理教授。コロンビア大学持続可能な開発センターおよび国連持続可能な開発ソリューションネットワークのディレクター。また、3人の国連事務総長の特別顧問を務めている。著書に『The End of Poverty』(2006)、『Common Wealth』(2008)、『The Age of Sustainable Development』(2015)、『Building the New American Economy』(2017)、最新作は『A New Foreign Policy:Beyond American Exceptionalism』(2018)。

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