エムンニス表紙N用

四章 二神の悲劇

 空で暮らすキトヤーユと地上で暮らすアトミヨ。二神は住む場所の違いからかつての様に触れ合う事も、言葉を交わす事も出来なくなってしまった。しかし会話は出来ずとも、キトヤーユは天候や光の温度で自身の心を伝え、アトミヨはその恵みである森を管理し守る事でその心に答えた。二神の交流は森を力強く育て、一面に広がる青は世界の安定と豊かさを示した。
 しかし空で暮らしていたキトヤーユは次第に内なる興味や好奇心を満たせなくなり、その光を翳らせていった。

 程無くして地上は凍てつくほどの寒さに包まれ、木々は葉を落し枝だけの姿となった。心配したアトミヨが空へ向かって必死に呼び掛けるも、空と地上ではあまりに距離が離れている。その声は届かないまま吹き荒ぶ風によって切り裂かれてしまった。寒さに震えながらもアトミヨは、寒さが過ぎ去るのを辛抱強く待った。

 寒さが過ぎ去ると訪れたのは柔らかな暖かさであった。葉を落していた木々は次々と息を吹き返し新たな芽をつけ、暑い空気が流れる頃には、森は元通りの姿となった。一連の苦しい期間を経て世界は多様性を得たのである。空の何処かにいるだろうキトヤーユにアトミヨは労いの言葉を放つが、その声は矢張り届かなかった。故にキトヤーユの現状もまた、地上のアトミヨが知る由もない。天と地で隔たれたまま、あっという間に月日だけが経ってしまった。

 幾年が経ち、迎えた秋の頃。悲劇は、何の前触れもなく訪れた。キトヤーユが突然、空の上から黒い液を流し落としたのである。その黒い液は滝の様に地上へと注がれ、下にあった木々は無慈悲に飲み込まれていった。異変に気付いたアトミヨが駆けつければ、守り育ててきた森の中心に黒々とした広場が出来ている。アトミヨは自身の危険も顧みず、黒い液がこれ以上広がらない様に、流れ落ちる黒い滝の真下に湖程の大きな穴を一晩で掘り抜いた。穴は空に近い山の山頂にもいくつか掘られ、人間をも溶かす黒融山となった。

 

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