冬狩で瑞州師は泰麒の許可なく使用されたのか
少し前にSNSで、驍宗が冬狩にあたって泰麒の許可がなく瑞州師を使った……というような意見をお見かけして、そうなのかな?とちょっと引っかかった。
作中内でその直接的な表記が私では見つけられなかったのですが、恐らく瑞州師将軍であった李斎とその麾兵が冬狩によって裁かれた官吏を刑場に引き出したり、秘密裏に処分する任にあたっていたことから、驍宗が冬狩で泰麒の許可を得ずに瑞州師を使った、と演繹しているのかと(『黄昏の岸 暁の天』137-138頁)。
恐らく上記のような根拠のもとで導かれたと思うが、やや短絡的な気がする。
驍宗は冬狩に関して「正式な手順を踏む。ただし、その一切は伏せておかねばならない」とも言っている(黄昏120頁)。
ここからは、必ずしも瑞州師が非公式な手順で冬狩に使われた、というわけにはならないのではないか。
というのも、軍がほかの官府に貸与されるということがある。特に秋官との関係が深く、武官(兵卒)は夏官・直属の軍からの指示だけでなく、他府に借り出されその指示下にあるときもある。
このため、秋官が李斎ら武官を裁判・処刑関連で借りたい、と公式に申請し瑞州州侯(トップ)でもある泰麒の認可を得る、という「体裁」は通るのではないか。具体的な目的は伏せられるので、結局騙している、と指摘されれば否とは言えないのだが。ただ、秋官に貸与された場合、州師(軍)というよりは秋官のもとでその業務を遂行しているというので軍務的な色合いが低くなる気がする。
また、おそらく冬狩は王直々の機密とはいえトップ案件で、なぜ国府レベルの案件で禁軍ではなくて首都州の瑞州師だったのか、という疑問もわく。それは常世における獄訟の仕組みによるもののためではないか。常世も日本の裁判制度と似て、いきなり最高裁のような司法府の最高機関で裁かれるわけではないよう。あくまでも柳国の場合なのだが、以下のような司法制度になっている。
『落照の獄』の狩獺の件でも、真っ先に国府で裁かれることはなかった。狩獺は最初、郡の秋官府に送られ裁かれた。上記の則にしたがって、重罪任の彼は州司法に送られ再度決獄を受けた。それでも州司法に躊躇うところがあって、さらにその身柄を国府へと送られることになった。
よって、もしも戴国もこの柳国の獄訟制度と同じ手順に従っていたとしたら、冬狩の罪人の州司法で裁かれていたとしてもおかしくはなく、よってその処罰も州師の軍が州秋官の指示で行うのが自然ではないのだろうか。
一方で以下のような記述もある。
秋官のトップとも言える大司寇に花影は就いている。だが、実際の裁判、論断は典刑、司刺と司刑の三者によって行われるもので、大司寇が直接罪を定めたり罰を下すようなことはない、と下記の記述からは伺える。
繰り返しになってしまうが、上記の例はあくまでも法治国家として有名な柳国の場合で、同じ制度が戴国でも適用されているかどうかは疑わしい部分もある。特に、冬狩では担当する官を厳選して組織され、内々に処断が行われた粛清になる(黄昏120頁)。なので本来は典刑らに任すものを秋官長官である花影が担当せざるを得なかったのではないだろうか。
結局十二国の各国は王政で、王が独断で専制を敷くことができるので、王が決めたことが「公式」な判断で手順となってしまう。なので、この考察自体が不毛なことかもしれない。だが、『落照の獄』のように細かく設定されていることを鑑みると、この特殊な冬狩のケースで瑞州師所属の李斎が密かに関わったのは、やはり「軍を動かす」という表現・理解はあまり正しくないように感じる。
阿選が驍宗捕縛のために瑞州師空行師を馬州に向かわせたような場合は、泰麒の言葉からも「軍を動かす」という表現は適切だと思う(阿選は偽王なので、正式な手順もなにも関係ない気がするが……)。
こういった言葉尻をとらえるようなことはもう適当な議論ではない気がするので、ここでとどめておく。常世における軍の役割が広いため、冬狩の李斎ら兵卒の役割がどういう立ち位置になるかは、結局のところよく分からない。ただ個人的にどちらかと言えば、軍というよりは秋官の業務手伝い的な印象がどうしても強く残る。
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