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ビックロの閉店

 新宿ピカデリー前にて、靖国通りを走るラッピングトレーラーを見かける。上半身裸でファイティングポーズを取る短髪の若い男達の姿が、車体に描かれている。どの男達も均整の取れた、筋肉質な身体をしている。歌舞伎町のホストクラブの宣伝……ではない。次の日曜日に行われる、キックボクシングの興行の出場者達だ。ガウンを羽織って中央に立つ二人は、メインマッチを闘う那須川天心と武尊の両選手である。ひときわ大きく描かれている。
アベマ(サイバーエージェント)は、このイベントにかなりの投資をしているようで、アベマのどのチャンネルをどの番組を見ても、ひたすら繰り返し宣伝を流し続けている。ニュースチャンネルでも、麻雀チャンネルでも、懐かしアニメチャンネルでも同様であった。自分は格闘技には特に興味はなく、対戦者両名についても何も知らなかったが、飽和攻撃的に流され続けるそのCMの効果で、このイベントのことを記憶してしまった。
 ピカデリー内の無印良品で買い物をして、新宿通り側に出ると、同じトレーラーが再度目の前を通った。



 通りの向こう側はビックロだ。ビックロとしての営業はこの次の日曜日にて終了し、以降は普通のビックカメラとなるという。店頭のサイネージではそのことが告知されているが、アナウンスは普段通りのままだ。
 自分はこの場所が、三越だった時代から知っている。当時の自分にはデパートで頻繁に買い物をするような経済力は無かったが、就活用のスーツをその紳士服売り場で買ったことを覚えている。就職してしばらくしてから、バラクーダのYシャツを買ったことも覚えている。地下にあった蕎麦屋で食べたニンニクの素揚げが、全く臭みが無くて、ジャガイモのような食感で旨かったことも覚えている。
 それからこの場所には、ジュンク堂書店が入ったり、ロフトが入ったりしていたが、全て平成年間の話だ。
 平成時代の中期頃、ユニクロ(ファーストリティリング社)のブラック労働の過酷な実態を報告するノンフィクション作品が話題となった。その著者が実際に働いていたのが、この店ではないかと噂された。その店もまた、過去のものになろうとしている。現在進行形で過去になりつつある現在。自分は、過去が誕生する瞬間を目撃しているのだと感じる。
 東京ドームで行われた那須川対武尊の試合は、予想を上回る多くの観客を集めた。興行的に大成功であった。のみならず、短時間に集中する大量アクセスを、アベマのサーバーが耐えきったという点において、技術的にも成功であった。もちろん、同社の技術陣としては、この冬に予定されているワールドカップ全試合中継の予行演習を兼ねたものであっただろう。
 こうして、二〇二二年六月十九日は、那須川と武尊が闘った日であると同時に、新宿東口のビックロが閉店した日として、自分の記憶に残ることとなった。
 この試合は、地上波テレビでの放送は無く、アベマにおいても有料放送であったが、その結果はヤフーのトップページにて大きく伝えられ、世間の耳目を集めた。アベマは翌日月曜日の夜に、無料で再放送を行った。
 

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青条
詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。