探偵そばくん『完全版』
ぬい世界でのそばくんの朝はゆっくりと始まる。朝日が顔を出し、その暖かい光がみんなの家に届く頃にそばくんは目を覚ます。以前は目覚まし時計を使って起きていたが、最近は慣れて自然と目が覚めるようになった。もふもふ、ふかふかの布団にはそばくんのマークであるバツ印が、そばくんのへそのように1つぽちょんと付いていた。
「しょばぁ…しょばしょば…」
そばくんはむくっと起き上がり、布団からもぞもぞと出ると窓のカーテンを開けた。朝日は真っすぐそばくんの寝室に降り注いでいる。そばくんは朝日を全身に溜め込むようにじっくりと浴び、んーっと背伸びをした。
「今日もとっても気持ちがいい朝だ!昨日の朝は雨が降っていたけどお気に入りの傘が使えたし、最近は良いことばっかりだなぁ!」
そばくんは心なしか早足でぽてぽてと外に置いてあるポストに向かった。家のポストには毎朝手紙や住んでいる地区のお知らせの紙が入っている。
外が暖かい時はゆっくり外で手紙を読んでいたのだが、最近は風が冷たく寒くなってきたため宛先を確認することなく家の中に入った。
いつもはマーガレットや長文で有名なまんじろうからの手紙がすぐ目に入るのだが、今日は見慣れない封筒がいつもの手紙の中に混じっていた。
「あれれ。何だろう。ぼく宛なのは分かるけれど誰から届いたのか分からないや」
そばくんはまんじろう達から貰った手紙と見慣れない封筒をふと見比べてとあることに気が付いた。
「この封筒、サインが書いてない…」
ぬい世界では郵便物はぬい広場の郵便担当窓口に集められ、当日担当したぬいぐるみのハンコやサインが書いてあるのだが、この見慣れない封筒に書かれてあったのは宛先であるそばくんへ、という可愛らしい文字のみだった。
さすがにぬい広場の担当ぬいがサインし忘れた、というのは考えにくいとそばくんは思っていた。
なぜならぬい広場内では何度も確認するタイミングがあり、誰かしらサインはすると言うことをぬい広場でアルバイトをしているうさぎのゆめちゃんから聞いたことがあったからだ。
つまり、この封筒は直接そばくんの家のポストに届けられたものであり、今朝誰かが入れた。
そこまでをじっくり考えた結果、そばくんはその見慣れない封筒を開けることにした。封筒と便箋はどちらも真っ白で、便箋にはその雰囲気にぴったりと合ったシンプルな内容が書いてある。
「Mの部屋にて、本日10時」
そばくんは壁にかけている時計を確認した。まだ、朝が始まったばかりで余裕はある。約束の時間までそばくんはご飯を食べながら、まんじろうから貰った手紙の内容を確認することにした。
「おはよう!そばくん!最近寒いねぇ!ぼく、今年の布団はもふもふ多めにしたんだよー!ためこんでたぼくのもふもふが役に立って良かったよ!んーっとね、あとね、」
まんじろうからの手紙はいつも考えている最中までもが全て書かれているため、そばくんはいつも目の前にまんじろうがいるかのような気持ちになる。
そばくんはまんじろうからの長めの手紙を読み終えて、再度壁にかかった時計を見た。時間は9時30分を指している。
そばくんの家からMの部屋があるぬい広場まではすぐだが、そばくんは早めに到着して手紙を届けてくれたぬいを部屋で待つことにした。
手紙の差出ぬいがMの部屋に姿を見せたのは、部屋の中にあるデジタル時計の10時丁度を知らせる音が鳴りやんだ頃だった。そばくんがその姿に気が付くと、部屋の入口にいた手紙の差出ぬいはそばくんに向かってパタパタと急ぎ足で近付いてくる。
「そばくーん!久しぶりー!!」
その声の主はそばくんがぬい広場で初めて仲良くなったペンギンのハルだった。今日もトレードマークの蝶ネクタイを付けている。そばくんは目をキラキラさせて、羽をバタバタと動かしていた。
「わー!ハルくん!久しぶりだね!とても会いたかったよ!にしても、どうして急に手紙なんかポストに入れたのー?会いたいなら、お家に会いに来てくれればいいのにー!」
そばくんは簡単に挨拶をしながら、ハルを席に案内した。そばくんが選んだ席はMの部屋の端で、もしかすると周りのぬいに聞かれてはならない相談かと予想しての場所だった。
ハルが今日は来てくれてありがとう、と言うとそばくんはいえいえ、と答え2匹は席についた。
「早速だけど、お話があるんだよね?是非是非話してよ!」
そばくんはハルをじーっと見て、話し始めるのを待っている。ハルは手に持っていたカバンから1枚の封筒を出し、それをそばくんに渡した。そばくんは首を傾げながらもそれを受け取り中身を確認し、中に入っていた厚紙をテーブルの上に出した。
すると、そこには「さかなのつかみとりをせよ」と書かれているナゾがあった。ハルは、そばくんがナゾであることを把握しただろうタイミングで話し始めた。
「これがね、僕のポストに入ってたんだ。僕の名前は書かれてたのに、誰からの手紙なのか分からないし。頑張って解こうとしたんだけど、よく分からなくて、そばくん結構頭の回転が速いから助けてもらおうと思って」
ぬい世界に警察のようなものはない。あるとしたら、そばくんのように賢いぬいぐるみに解決を手伝ってもらうくらいだ。
「しかも、必ずそばくんに届けることって書かれてあるから、そばくんがなんか知ってるかもって思ったんだけど、その顔だと全く知らないみたいだね」
ハルがそう言った後、そばくんはうん、全く知らないね、と答えて首を横に振った。
「となると、誰が何のためにこれをぼくに届けさせたのかはナゾを解いていかないと分からなそうだね、そばくん、どうする?」
ハルはあくまでも手紙を届けたぬいの立場で、そのナゾを解決するかどうかの判断はそばくんに任せる姿勢を見せた。そばくんは、うーん、どうしようかな、と少し悩んだ後答えを出した。
「ぼく宛だし、せっかくハルくんが届けてくれたし解いてみるよ!それにちょっと気になるし!」
その答えを聞いてハルは、そうこなくっちゃ!とカバンから紙とペンを出した。
「さかなのつかみとりをせよ、って書いてあるけど、さすがに魚の掴み取りに本当に行くってことじゃないよね」ハルは自信がないのか小声でそばくんに聞いた。
そばくんは、うん、と頭を左右に揺らしながら答えた。何かを考えている時のそばくんに良く出る癖だ。揺らしているのは、頭かも知れないし、時には体ごと揺れている時もある。
「こういう時はナゾ全体をしっかり見てみよう。ハルくん」そばくんはイスをテーブルに近づけ、ハルくんはそばくんにナゾがしっかりと見えるように厚紙をテーブルに置き直した。
厚紙に書かれているのは2つの池を模した水色の丸と答えを示す赤い丸、そして水色の丸の中にはひらがなが書かれてある魚のイラストがあった。左の池の問題と右の池の問題をそれぞれ解き、2つの答えを合わせると何かが見えてくる問題のようだった。
「そばくん、何か分かりそう?」
ハルは厚紙をじっくり見ているそばくんをチラチラと見ている。
「そうだね…これはたぬき問題と同じだね」
そばくんは厚紙を見ていた顔を上げて、まるではてなマークが頭の上に乗っているようなハルの表情を見た。そしてハルが持っていた紙とペンを使って説明し始めた。
「たぬき問題っていうのはね、こういうナゾの時に良く使われるんだけど、たぬきの絵がナゾの中に描かれていることがあるんだ。なぜかというと、たを抜くという指示に変換できるからなんだ」
そばくんは紙にたぬきのイラストとひらがなで「たぬき」、そして右矢印の先にた・抜きと書いた。
「そして今回の問題、魚のつかみとりをせよというのは、魚のイラストのひらがなの中に『つ』か『み』があるからそれを消しなさいっていう指示に変換できるんだ」
そばくんはそう言いながら厚紙の中にある文字を消していった。左の池にある消すべきひらがなは「み」、右の池は「つ」だった。そばくんは左の池を、ハルは右の池の文字を消していく。
「そばくん、何とかできたよ!ちょっと読んでみるね」
ハルは厚紙を顔の近くまで持って行き、消し終えた文字を読み始めた。
「はりじへまのや?りのごしんきのた?そばくん、どうしよう、全く意味が分からない文章だよ!解き方が違ったのかなぁ」
ハルは何か見ていないものがあるかも知れないと、厚紙の裏を見たり、厚紙が入っていた封筒の中身を出すように振ったりしていた。
その間そばくんは頭を揺らして、再び考える姿勢になっている。
「もしかするとこの厚紙は2枚目で、1枚目の紙はどこかにあるのかな。それが何かしっかりしたヒントになるのかも」
そばくんはハルが手に持っていた厚紙を再度テーブルの上に広げて、ナゾを解き直していた。すると、封筒をくまなくチェックしていたハルが封筒の内側を指差して、そばくん!封筒に何か書いてある!とそばくんを呼んだ。
ハルが見つけたのは封筒の内側に書かれてあった矢印と数字が示すナゾのヒントのイラストだった。それを証拠に真ん中には池を示す水色の丸が描かれてある。
そばくんは封筒をハルから貰い、開いて見やすくした後に最初に解いたナゾの厚紙と並べて置いた。ハルは椅子に座ってキョロキョロと周りを忙しなく見回している。
「そばくん、結局ナゾの解き方は合っていたの?そしてぼくが見つけたこの紙は何を示しているの?」ハルはペンで何かを書いているそばくんに向かって、手をパタパタさせながら聞いた。そばくんは書き上げるとハルにそれを見せた。
「じゃあ、ハルくん。この通りにちょっと読んでみて!」
そばくんが書き上げていたのは初めに解いたナゾの厚紙と2枚目の紙を組み合わせたものだった。読み上げる順番が矢印で示されている。
「じゃあ読むね」
ハルは手で順番をなぞり、答えを確認した後そばくんの顔を見つめた。ハルの目は真ん丸に開かれている。読み上げるその声はいつもより1トーンほど高かった。
「は・じ・ま・り・の・へ・や」
「り・ん・ご・の・き・の・し・た」
読み終えたハルの目はキラキラしていた。そして、そばくんは無事にナゾを解き終えて椅子にまったりと座っていた。
「今回のナゾはつかみ取りがどういう役割なのかを解き明かし、しかも追加のヒントを探し出すことができないと解けないナゾだったんだ。本当に見つけてくれてありがとうね!ハルくん!」
ハルはそばくんからのまっすぐなありがとうをもらって、えへへと頭を手で掻きながら笑った。
そばくんたちは無事にナゾを解き明かし、ナゾの答えが示す場所に移動してみることにした。
「りんごの木がある、始まりの部屋。つまりAの部屋だよ。ハルくん、行ってみよう!」
「みんな集まったね」
「じゃあ始めようか」
ある場所で何かが起きている
そばくんとハルは第1のナゾを解き明かし次に向かうべき場所、Aの部屋の扉前に立っていた。
「そういえばそばくん、確認なんだけどAの部屋っていつでも開いているんだっけ」
ハルは扉を見ながらそばくんに恐る恐る聞いた。
「確か、受付ぬいさんが開けてくれるんだった気がするよ、ハルくん」
そばくんもぷるぷる震えながら扉を見上げ、答えた。今、扉の前にはもふもふの可愛いペンギンが扉を見上げながら2匹立っている。
その景色は周りからは扉の先にいる親を待つ子のようにも、扉を開けてくれとせがむ子のようにも見えた。
そばくん達が扉の前でどうしようかと考えていた所、少し離れた所から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれれー?そばくん?こんな所で何してるの?」
その声の主はぬい広場の受付アルバイトをしている緑色の小さいうさぎ、ゆめちゃんだった。
ゆめちゃんは掃除をする途中だったのか、手に箒とちりとりを持っている。
ゆめちゃんはぴょんと駆け寄ってくると、そばくんの隣にいたハルくんに気が付いて、初めまして!と挨拶をした。ハルくんも自己紹介をして、お互いにぺこりと頭を下げた。
「事情をすぐ話したいのだけど……」
そばくんは周囲をチラチラと見回した。Aの部屋があるこの通路は26と書かれた扉の先にあるのだが、現在そばくん達の他にもお出かけをしようとしているぬいぐるみが数匹ポテポテと歩いている。
ゆめちゃんはそばくんが言いたいことを察したのか、それじゃあこっち!とそばくん達をぬい広場の受付ぬい休憩室に案内した。
受付ぬいの休憩室にはゆめちゃんに案内されたそばくん達の他にも小泉を管理しているネズーさんがいた。
「ネズーさんすみません、ちょっと奥のお部屋借りてもいいですか?そばくん達がAの部屋について相談したいことがあるらしくて……」
ゆめちゃんは休憩室の1番奥でお茶を飲んでいるネズーさんと目が合った瞬間そう伝えた。
すると、ネズーさんはどうぞどうぞー、と飲んでいたお茶を片手に持ちながら奥の部屋の鍵を開けた。3匹はありがとうございます!とネズーさんにペコリと頭を下げ、丁度3匹が入れる程の小さい奥の部屋に入った。
部屋にはテーブルとテーブルの4つの辺にあたる場所に丸椅子が置かれている。
部屋の奥からそばくん、その向かいにハルくん、そばくんの右隣にゆめちゃんが座った。
「早速なんだけど、ゆめちゃん。Aの部屋を開けて欲しいと僕たち思ってるんだ。これを見てくれる?」
そばくんはゆめちゃんが椅子に座り、さてさてと言い始めるだろうタイミングで話し始めた。ハルもそれに合わせて自分の家に届いていた解き終えたナゾをテーブルに広げる。すると、それまでそばくんを見ていたゆめちゃんが左を向き、ハルの手元を見て目を輝かせた。
「わわ!何これすごーい!本当にこういうのあるんだー!!楽しそうー!これどういうナゾだったの?ハルくん、教えて教えてー!」
ゆめちゃんはキラキラした目をハルに向けて、ハルからの解説を待っている。
ハルはちらっと目の前に座っているそばくんの顔を見た。
するとそばくんも是非話してあげてよ!という顔をしていたため、ハルはゆめちゃんにナゾの解説をした。
所々、そばくんがゆめちゃんにもより理解しやすいように補足を入れたが、ハルの説明はその場にいなかったゆめちゃんにもそのナゾを解き明かしていくワクワクが伝わる短い物語の朗読のようだった。
ゆめちゃんはハルの説明が終わるとワクワクが収まらない様子でバッと椅子から立ち上がり、ちょっと待ってて!と、ネズーさんがいる部屋に戻っていった。
ゆめちゃん行っちゃったね、とそばくん達は顔を見合わせてポカンとした後、ふふっと笑い合った。
「ゆめちゃんがあんなにもはしゃいでるなんてね!なんだか新しい1面を見れて嬉しいね!」
「僕も今日初めて会ってお話したけど、あんなに目をキラキラさせて僕のお話を聞いてくれたのは初めてで、なんだか僕の心がふわふわしてるよ」
ゆめちゃんが休憩室から戻ってきたのはそばくん達がゆめちゃんのことを話し終えて、空き時間に簡単に遊べるミニゲームで盛り上がっていた所だった。
ゆめちゃんがただいま!と言ってそばくん達の元へ戻ってくると後ろからネズーさんが簡単なおにぎりを持ってきてくれた。朝から色々とあったが今はすでにお昼を回って午後1時になっている。受付ぬいの休憩室に訪れてから1時間ほど経っていた。
「私はAの部屋の鍵を本来は自由にできないから、定期的にお部屋のメンテナンスをしているネズーさんにお願いしてきたんだ。今回はゆめちゃんの熱意に応えたいからって、鍵を渡してくれたんだ」
3匹はネズーさんからもらったおにぎりをもぐもぐと食べながら、ゆめちゃんがいかにしてAの部屋の鍵を預かるに至ったかの話で盛り上がった。初めて会ったハルくんともすっかり打ち解けて、ホワホワとした雰囲気が部屋に漂っていた。
「もし良かったらなんだけど、私もそばくん達についていっちゃだめかな。というか、鍵の管理は私に任せるよってネズーさんから言われてるから、できればついていきたいんだけども……」
ゆめちゃんがそう伝えたのは、そばくん達がおにぎりを食べ終えてAの部屋に再出発する準備を整えていた時だった。ゆめちゃんは断られたらどうしようと不安だったのか、少し下を向きモジモジしていた。そばくんとハルは顔を見合わせ、同時に頷き、ゆめちゃんの手を握った。
「ぜひぜひ、よろしくだよ!一緒に行こう!」
ゆめちゃんはその声を聞いて、笑顔でぴょんっと跳ねたのだった。
こうしてハルに加えて鍵を管理してくれるうさぎのゆめちゃんが加わることになり、そばくん達のナゾを追いかけた冒険はよりワクワクするものとなった。
「そろそろせんじろう君とお仕事交換の時間だから、それまで少しだけ待っててくれるかな?」
受付ぬいのお仕事は誰かと交代で行っていて、今日の午後2時からはうさぎのせんじろうが担当になっている。
しばらくするとネズーさんのいる受付ぬい休憩室に、間に合ったー!という明るく大きな声が聞こえてきた。
せんじろうは時間ギリギリに約束の場所に現れることが多く、ゆめちゃんもハラハラすることがよくある。
「せんじろう君!おはよう!間に合って良かったよ……。久しぶりにちょっとドキドキしたよ!もう!」
ゆめちゃんはせんじろう君に可愛らしい苦情をサラッと伝えると、そばくん達に関連する事情を詳しく伝えた。
「なるほどね!それなら早く行かなくちゃ!初めましてのハルくんともっとお話したかったけどね!」
せんじろうはそう言ってハルを見るとニカッと笑った。
こうしてAの部屋に向かう準備ができたそばくん達はネズーさんに鍵を渡してくれたことと、おにぎりをごちそうしてくれたことへのお礼を伝えた。
「そんなそんなお礼だなんて……、ゆめちゃんの気持ちを聞いて応援したいなって思っただけだよ。そうだ!Aの部屋に行くのだったら、このランタンを持っていくといいよ。Aの部屋は普段暗くしているからね。足元を照らして安心できるように。」
そばくんがランタン持ちを引き受けると、ネズーさんがぽわっと優しい光を灯してくれた。その光はそばくん達を守ってくれるかのように足元から頭の先までを照らしている。ネズーさんからのありったけの優しさと共にそばくん達はAの部屋へと向かった。
時刻は午後2時10分。Aの部屋の前には扉を見上げているペンギン2匹とうさぎ1匹がいる。2時間前は親を待つ子のように不安そうな表情を見せていたそばくん達も、今ではゆめちゃんが仲間に加わったことで柔らかい表情になっていた。
「そばくん、それじゃあ今から開けるけどちょっとランタン借りるね!あと、ちょっと鍵を開ける瞬間は見られちゃいけないから、そばくん達はくるっと後ろを見てて貰えるかな?」
そばくん達は、はーい!と言うとくるっと後ろを向いた。目の前にはAの部屋の対であるBの部屋の扉がある。
Bの扉には蜜蜂のモチーフが描かれてあり、扉も淡い黄色で塗られている。
そばくんはハルにBの部屋について聞いてみようと口を開けたが、同時にゆめちゃんが扉を開け終えていた。
「これでばっちり!それじゃ、行こうか!そばくん!ハルくん!」
ランタン持ちのそばくんを先頭に、鍵持ちのゆめちゃん、後ろは任せて!と意気込んでいたハルくんの順番でAの部屋に入っていった。
Aの部屋の中はネズーさんから言われていた通り真っ暗で、ランタンがなければ歩いて進むのは困難だった。
その部屋の暗さはそばくん達の様子を伺っているかのようにランタンの光を避けてじっとりと黒く広がっていた。
Aの部屋に植えてあるりんごの木を目指しながら3匹で話しつつ歩いていると、ランタンの光に反射して何かがキラリと場所を示すのが見えた。
それは自分を見つけてもらう手段としては完璧で、そばくん達の興味を引くには充分だった。
「あれ?そばくん、今何か光ったよね?」
ゆめちゃんがひょこっと横から顔を出し、そばくんの視線の先を指差した。
ゆめちゃんの後ろにいたハルは、どこー?と言いながらゆめちゃんとは反対側からひょこっと顔を出した。
先ほどまでキラッと輝いていたその場所は今ではその姿を隠すように、周りと同じ重い暗闇に姿を隠してしまっている。
3匹はワクワクしながらも、不気味な雰囲気を拭い去るようにポテポテと小走り気味にその場所に向かった。
到着するとそこは目的地であるりんごの木の下だった。周りはりんごの甘い匂いが立ち込め、上を見上げると匂いの元であるツヤツヤとした赤いりんごが実っている。
りんごの木の周りはぬいぐるみ10匹ほどで休めるほどの大きいベンチがあり、ベンチから木の中心部までは土で覆われていた。
そばくん達はその大きいりんごの木の周りを手分けして探すことにした。そばくんはベンチの下を、ゆめちゃんは周辺の床を、ハルはりんごの木周辺の土を探している。
「そばくーん、何かあったー?床には何も落ちてないみたいだよー」
「こっちもベンチには何も置いてなさそうだよ」
ゆめちゃんとそばくんが探した結果を大きな声で教えあっている。その声はAの部屋の暗闇に木霊し、部屋全体を覆いつくした。
それはまるで3匹が深い森の中にいるようだった。そして、その響き方は先ほどまで忘れかけていた不気味さを思い出させ、そばくんとゆめちゃんは怖くなりぎゅっと身を寄せ合った。
「ランタンがあるとはいえ、ちょっぴり怖いね」
「そうだね。やっぱり普段は入れない部屋だからいつもと様子が違ってより不気味だね」
暗闇を前にすっかり立ち止まってしまった2匹は何も見つからないことで声からキラキラがなくなっていた。
そばくんはいつもの眠そうな顔に近付き、ゆめちゃんはいつものまったりした雰囲気になっている。
しかし、このまま何もなく終わってしまうかもと思っていた2匹に後ろから大きな声が急に覆いかぶさってきた。
「あった!あったよーーーーー!!!そばくん、ゆめちゃん!こっち!こっち来て!」
そばくんとゆめちゃんが後ろを振り返ると、りんごの木の後ろにいるハルの小さい手がこっちこっち、と2匹を呼んでいる。
ハルが見つけたのは土に埋まっていたお菓子の空き缶だった。その缶をカパッと開けると1つ目のナゾが書かれていた封筒と同じものが中に入っていた。
「半分土に埋まってたんだ、缶の色も土と似てて見つけにくかったよ」
ハルは缶の中を覗きながらそう伝えた。そばくん、ゆめちゃんもハルと同じく缶の中を見ている。
キラッと輝いたのはこの缶で、半分土に埋まっていたためにランタンを照らす角度によっては光が届かなかったのだろう。そばくんは缶を覗きながらそう思っていた。
「早速見てみようよ!」
ゆめちゃんはAの部屋に入る前の明るいキラキラした目でそばくんを見た。声も第1のナゾをぬい休憩室の小部屋で話した時のようになっている。
そばくんは缶を見つける前の眠そうな雰囲気ではなく、今から出会うナゾを見通しているかのような澄んだ目で封筒を手に取り、見つめている。
「そうだね!じゃあ開けよう!ハルくん、ランタンをお願い!」
そばくんはハルにランタンを渡すとそっと封筒を開けた。その中には厚紙が2枚入っている。
今度の厚紙には4つのアルファベットと最終目的地が示されていた。1枚目の厚紙は指定された解き方で答えを導き、さらに暗号のような言葉を解読する必要がある。 それらの厚紙をじっくり見ていたそばくん達はとあることに気が付いていた。
「そばくん、すみかにて待つよって書いてあるから、これ街のどこかってことだよね!結構なヒントじゃないかな!!」
「とは言っても、この街全てを回るのは難しいからナゾは解いていかないといけないね」
「ちなみにそばくん達、都道府県って分かる?私、よく分かっていないんだけど」
ゆめちゃんがそう質問すると、そばくん、ハルは首を横に振った。つまり、都道府県とは何なのかを調べなくてはナゾを解くこともできないのだ。
そばくんが、かいぬしと暮らし始めたのは1年前で、まだ知らないことの方が多かった。
では、物知りなぬいに会いに行こうと街中を探そうとすればいいのかというと、ピンポイントで地図に詳しいぬいを探すのは時間が掛かりすぎる。
それにもし、その詳しいぬいに出会えたとして、ただ『都道府県とは何か』に答えてくれるような感じはしない。
きっと、それらに関する詳しい話までしてくれるだろう。
そうなると今晩、そのぬいとお泊まりをしなくてはならず、ナゾに向き合うのは明日の朝になってしまいそうだ。
「もしかして、Mの部屋だったら何かヒントがありそうじゃない?それこそたまたま詳しいぬいがお話してて、記録が残っているかもしれないし、それなら頑張って詳しいぬいを探し回る必要もないんじゃないかな?」
3匹が探しに行くかどうかを話し合っていた時にハルが両手を合わせてポフっと胸の前で叩き、思いついたことをそばくんに向けて言った。左右に揺れていたそばくんはハルのその考えを聞いた瞬間にピタッと止まった。
「Mの部屋の噂、今なら試せるかもしれない」
そばくんはハルの考えから頭の片隅にあったことを思い出し、ハルとゆめちゃんの手を握り、よし、行こうとはっきり答えた。そばくんの目はまたキラキラと輝いている。
Mの部屋の噂。それは、部屋が生きているのではないかというものだ。誰もいないMの部屋の扉を3回叩いて探したい本をドアノブに向かって呟くと、部屋の1番奥のテーブルにその本が置いてあるらしい。その不思議な出来事が噂となってぬいぐるみの間で広まっている。
そばくんはそのことをぬい世界の噂をまとめた本で目にしていた。そばくんはそれを試すことができるのが楽しみで、先ほどからMの部屋の扉前でソワソワしている。
「というわけで、早速やってみるよ!」
そばくんはハルとゆめちゃんにもその噂の説明をすると、三回扉を叩き、Mの部屋のドアノブにくちばしを近付けた。Mの部屋に誰もいないことは受付ぬいのゆめちゃんに、せんじろうくんからの連絡で確認済みだ。後は探し物を呟くのみ。
「都道府県に関わる本を探しています。知りたいことが見つかりますように」
そばくんがそう呟き扉から部屋に入ると、後ろでパタンと閉じられた扉から「コンコンコン」と鳴り、それはまるでそばくんの呟きを理解しているようだった。
「そばくん!ハルくん!見て、あそこ!本が置いてあるよ!」
ゆめちゃんがいち早く本に気が付き、3匹はポテポテと本の置いてあるテーブルに進んだ。そしてテーブルに着くと椅子に座り、Aの部屋で見つけた厚紙を並べた。本の表紙には『飼い主が良く話していること』と書かれてある。
「これ確か、2年前だったかのテーマだよ。そばくんの言う通り、知っているぬいを探しに街を歩いてたらきっと今日中には見つからなかったね」
「早速見てみよう。目次があるはずだよ」
ゆめちゃんがそばくんの判断が良かったことに安心し、そばくんもほっとしたような顔をして本を開いた。
本は100ページほどにまとめられており、目次には『朝ごはんの話』『お仕事の話』『学校の話』など、ぬいぐるみの飼い主の日常が興味深いジャンルとして取り上げられていた。
そばくんがパラパラと本を読み進めていた所、気になるページが3匹の目に入ってきた。そのページは学校に通っている飼い主が家でテスト勉強をしていて、ノートに都道府県の名前を書き続けていたという内容だった。そのぬいぐるみは飼い主のテーブルに乗せられていたため都道府県の地図を覚え、実際に描いてみたという。その地図が見開きで記されている。
「見つけた!分かりやすい振り仮名もあるよ!ハルくん、この地図からナゾの答えに当てはまるものを探してくれない?ぼく、次のナゾを解き始めてるから!」
そばくんは、任せてよ!と言うハルに都道府県探しをお願いしてゆめちゃんと共に次のナゾについて考え始めた。
「考えなくちゃいけないのは、『銀』と『白き杭』についてだね」
「何かヒントがあればいいんだけど」
そばくんとゆめちゃんはMの部屋を探し始めた。Mの部屋には壁一面に引き出しがあり、本も長いものだと5年以上前に話された内容が保存されている。これらを1つずつ見ていくのはかなり大変で、さらにそばくん達は今日起きた出来事で少しぽわぽわしていた。時間も夕方に差し掛かり本を探す手も少し進みが遅い。
「ぼく、ここ周辺の引き出しを探してみるね!ゆめちゃんは最近のテーマが書かれた本から探してみて!」
そばくんが少しでもスムーズに探そうとゆめちゃんにお願いして二手に別れようとしたところ、Mの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ゆめちゃーーん!そばくーーーん!ハルくーーーん!ぼくだよー!お届けものでーす!」
声の主はせんじろうだった。ぬい広場に届いた『今日中に届けること』と書かれてある手紙を届けにきたらしい。せんじろうは2匹に、頑張ってねと伝えるとMの扉をパタンと閉じて立ち去った。せんじろうが届けた手紙は今日すでに何度も見た雰囲気のもので、そばくんはすぐにハルを呼んだ。
「ハルくん!ちょっと集まってくれる?今せんじろう君から手紙を預かったんだけど、これをみんなで読もう」
ハルは先ほどまで探していた本を脇に抱えてそばくん達と合流した。ハルが頼まれていた都道府県探しは半分まで進んでいる。そばくんは手紙を開き、皆に内容が見えるように広げた。
「そろそろ、この場所にたどり着いていると思ったので届けて貰いました。最後のナゾに関わるヒントです。『銀はAG、白き杭はOB』答えの場所で待ってます」
誰からの手紙だったのかと思い、そばくんが封筒を確認するとそこには『たくさんのともだちより』と書かれてあった。
予想していない名前からの手紙にそばくん達はお互いに顔を見合わせ、キョトンと目を丸くした。
「一体誰のことなんだろう?」
「そばくんのお友達じゃないの?」
「ハルくんかもよ?」
突然の不思議な差出ぬいの名前でしばらくみんなで盛り上がっていたが、ハルくんの抱えていた本を見て3匹はハッと思いだし再びナゾ解きに向かったのだった。
そしてこの後『たくさんのともだち』が誰なのかという話で息抜きができた3匹はすぐに答えへと辿り着くことができた。
「じゃあハルくん、並び替えのナゾの答えをお願いします!」
そばくんがハルにぺこりと頭を下げるとハルは任せてよ!と探していた本を開き、話し始めた。
「まず、答えはSAGA!佐賀県が当てはまったよ!ここにあったよ!後ね、このぬいぐるみさんによると昔、佐賀県の歌が流行っていたらしい!」
ハルは分かりやすく答えとおまけ情報を教えてくれた。そばくんとゆめちゃんはそのおまけ情報が書かれてある本文をじっくり見ている。
「後でその曲聴いてみよう!次にゆめちゃん!ヒントをもらった後に解いたナゾの説明お願いします!」
そばくんは次にゆめちゃんの顔を見てお話を促した。ゆめちゃんはハルが持っていたペンを借りて厚紙に書き始めた。
「まず、ハルくんが探してくれた都道府県の答えは佐賀県で、ローマ字にするとSAGAになります!そして届いたヒントに従って真ん中に書いてあるAGをOBに置き換えて読みます!すると答えである、SOBAが導き出されます!」
ゆめちゃんは意気揚々に文字を進めながら皆に解説している。そばくんは皆に答えてもらった答えが間違いないことを確認すると補足を入れた。
「ちなみにMの部屋でAGに関して調べると元素記号というものがあってそれが銀を示しているみたい。OBに関して調べるのが大変だったんだけど、これは調べるとゴルフの用語らしくてゴルフ場では白い杭が刺さっているんだって!」
そばくんは調べたことを分かりやすく説明した。しかし、少し不思議そうな顔をしており、それに気が付いたハルはそばくんに聞いてみた。
「そばくん、どうしたの?」
そばくんは変わらず、うむむとくちばしに手をやり考えている。
「一体なぜ、導き出されるのがぼくの家なんだろう。このナゾを作ったぬいの目的が全く分からないよ」
どうやらそばくんはナゾは解けたが、ナゾを出し、自分の家に誘導する理由を頭の中で考えているようだった。
しかしそばくんは考え始めるとしばらくそのまま考え込んでしまい、その他のことが何も手につかなくなってしまう。
そうなると目の前に真実があるにも関わらず、それを目にすることができないのだ。そばくんはそういうことが多々ある。
それを知っているハルはそばくんがそのモードに入ることを感じ取り、そばくんに伝えた。
「そばくん!答えが見つかったからさ!まずは行ってみようよ!ね!」
ゆめちゃんも、うんうんと頷いている。
こうしてそばくん達は最後の目的地である、そばくんの家へと向かったのだった。
家へと向かう途中、そばくん達は今日起きた出来事をたくさん話していた。そばくんが考え込んで足を止めないようにするためだ。
それにしても一体どんな目的なんだろうとハルも思っていたが、その答えはすぐに出た。
「そばくーーーーん!」
声の主は1匹ではなかった。
その声の主たちはそばくんの家の前でこう大きな声でそばくんを迎え入れた。
「そばくん、お誕生日おめでとう!!!!」
そう。これは翌日誕生日を迎えるそばくんへのサプライズだった。そこにはやっぱりまんじろうがおり、他にもマーガレットやペンギンのソラくんなど近所に住むぬいぐるみがたくさんいた。そばくんの「たくさんのともだち」だった。
「これはそばくんの誕生日をみんなでお祝いしたくて、考えたナゾ達だよ!解いてくれてありがとう!そばくん!今日の夜はみんなでパーティして、みんなでそばくんの誕生日を迎えるんだよ!」
そばくんの目はキラキラと輝いていたが、しばらくすると黒くしっとりとしてその雫が頬に伝わった。
「こちらこそ、こんなに楽しいことを考えてくれて、そしてお祝いをしてくれてありがとう!」
これがそばくんにとって初めての素敵な誕生日パーティーだった。
(終わり)
出会えたことに感謝して、12月4日に誕生日を迎えたそばくんに届けたお話です。
ありがとう。そばくん。
そして、お話を読んでくださった皆さまに感謝いたします。
ありがとうございました。
ちなみにプチあとがきです。このお話に出てきているまんじろうが書いた手紙を下に置いておきますが、縦書きで読むと「おたんじようびおめでとうそばくん」となるように仕込んでいるみたいです。そばくんはこの朝、時間がなく全部読めなかったようですが、初めからこそっとやっているのがまんじろうらしいですね。かわいい。
【まんじろうからの手紙】
おはよう!そばくん!最近寒いねぇ!ぼく、今年の布団はもふもふ多めにしたんだ!
ためこんでたぼくのもふもふが役に立って良かったよ!
んーっとね、あとね、なんだっけ、あっ!そうそう!ぼくのとなりのおうちにね、
じてんしゃに乗れるところが増えたんだよ!ぼくも行ってみたいな!たのしそうな
よかんがするよ!わくわくだね!あとね、それとね!
うさぎの友達も増えたんだ!その子、すごい特技があってね!とりあえずすごいの!
びっくりだよね!!あ!思い出した!けん玉?がとくいなんだって!あとね、
おかしも作れるんだって!ぼくは食べる方が好きだからその子にお願いしちゃお!
めずらしいお菓子も作れるのかな?だったら、にんじん多めに入れてもらいたい!
でも、お菓子って甘いから作るの難しいのかな。どうだろう?
とにかく、ぼくの最近はこんなかんじです!
うさぎのまんじろうより