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おプロの話4
第4章 おプロのモカとアール
「そういえばまんじろう、隣町との境を歩く時は気を付けてね!確かそのおプロさんそこ付近に住んでて、色んなぬいぐるみのお風呂相談を受けているみたい!」
そばくんが言っていたことをまんじろうはぼんやりと思い出していた。
クチバシ町の隣町というとオオハネシロ湖のある自然豊かな場所で、名前はハネシロ町といったはずだ。その湖には白鳥の像があり、
「愛すことだけでなく愛されることも忘れてはならない」という言葉がその像近くの石碑に彫られている。
ぬいぐるみなら一度は行ったことのある観光スポットであり、そこから帰ってくるとほわほわとした気持ちになれるというパワースポットとしても知られている。
「気を付けてねって言われたってことは、ぼくが道に迷っちゃうかもって心配してくれてるのかな?優しいなそばくんは」
まんじろうはそばくんの気持ちにほわほわしながら、おプロの家を目指して道をてくてく進んで行った。
おプロのぬいぐるみがいる場所をおプロ場という。これはぬいぐるみの世界各地にあり、中心のぬい広場にはみんなで入ることのできる大きなおプロ場がある。
ここのおプロは受付をしつつ、オススメの石鹸やお風呂グッズの相談を受けていた。一方、今回まんじろうが目指すおプロ場は町の中にある予約制で、お風呂に入ることのできないぬいぐるみを受け入れている。
ぬい広場のおプロ場がよりお風呂を楽しむためというのならば、町の中にあるおプロ場はお風呂を楽しめるようにするためといえるだろう。
まんじろうはしばらく休みを挟みながらぽてぽて歩いていた。すると左手に看板が見え、そこには「クチバシ町ハネシロ町境おプロ場はこちら」と書かれている。歩き始めて時間はお昼になろうとしていた。
「確か、この看板が見えたら左にくるっと曲がるんだっけ」
まんじろうはマーガレットから貰っていた手書きの地図を見て、曲がる道に間違いがないか確認している。これから向かう道の先は少し上り坂だ。
地図の看板にあたる場所にはマーガレットの顔が描かれており、顔の右上には吹き出しが可愛らしくもこもこと書かれてあった。吹き出しの文字は「ここでくるっと左に曲がってくださいね」と赤いクレヨンで強調されていた。
「やっぱりそんなに迷う所じゃないと思うんだよなぁ。マーガレットから地図を貰っていたことは話したし、そばくん、何に気を付けてって言ってたんだろう」
まんじろうは道に間違いがないことを確認するとお気に入りのにんじんポシェットに地図をしまいこんだ。その中にはおやつのにんじんと、おプロ場利用料を払うための「モフ」が財布にいくらか入っている。
「すごいなぁ、ぼくの余ったモフ毛をこんなにちっちゃくしちゃうなんて。モフを作ってくれるもふ花堂のぬいには感謝だよ」
坂道を上り終えて顔をふわっと道の先へ向けたまんじろうは、目の前に広がる景色に目を丸くした。
そこには綺麗な水をイメージした青と柔らかく飛び込みたくなるような泡をイメージした白で塗られたレンガ造りの家があった。その家の周りには背の高い木が植えてあり、周りからはその家周辺は森が茂っているようにしか見えないようになっている。
さらに一番の驚きはその家を中心として周りの家はすべて外を向いている。まるで大事なものを守るために取り囲んでいるようだ。
まんじろうは見たことのない景色をキラキラした黒い目に映し、口元はにんじんを食べる直前のようになっている。
「なんだか既にわくわくしてきたよ!」
まんじろうはそう言うと、地面から両足が離れているようなスキップをして入り口に向かったのだった。
「お待ちしておりました〜!まんじろうさん!こちらのお部屋へどうぞ!」
おプロ場の受付にいたぬいぐるみはモカというタヌキの女の子で、毛足が五センチほどあった。瞳の色は珍しく柔らかい緑色だ。モカと早速仲良くなったまんじろうはこのおプロ場の周りにある家について聞いてみた。
すると、おプロ場の周りの家はおプロ場で働くぬいぐるみが住んでいるらしく、このおプロ場を運営するモカを含めた二匹もそこにいるとのことだった。
「やっぱり近いところがいいよね~!私はタヌキだから応募してあそこに住んでるけど、アールくんは実家があそこだからな~」
モカはうんうんと頷きながら、まんじろうにウェルカムにんじんジュースを出した。まんじろうは歩き疲れからか、ごくごくと勢いよく飲んでいる。そんな世間話に花を咲かせていると、別の部屋からガチャッと音がした。まんじろうが音のする方を見ていると、ドアの向こうから感謝の言葉が聞こえてきた。
「アールくん、ありがとうございました!明日から少しずつお風呂練習してみます!」
どうやらおプロのサポートを終えたぬいぐるみが帰宅する所のようだ。
「いえいえ~。無理はせんように~ね~」
このおプロ場は受付以外に部屋が四つある。部屋を順番に回っているため、このまま行くと次はまんじろうの番だった。
「それではそろそろアールくんが来るので、こちらの問診票を書いてお待ちください~」
そうモカに言われてまんじろうは鉛筆を握り、答え始めた。
お風呂が大変なのはいつからですか?
『たしか、二ねんくらいまえです!』
お風呂には誰かと入りますか?
『いつもぼくひとりです!』
お風呂から出たくなるのは、お風呂場に入ってすぐですか?しばらくたってからですか?
『すぐにでたくなります!』
お風呂の準備は何をしますか?
『からだをふくタオルをよういしてます!』
この他にもいくつか問診があった。それはまんじろうが答えやすく、それでいてまんじろうの現状を把握するのに最適だった。
まんじろうが最後の問診を書き終えたタイミングで、部屋のドアがガチャリと開いた。
「こんにちは~、今日は来てくれてありがとう~ね~、マーガレットちゃんから色々聞いてるよ~」
その声の主は見た目はモカに少し似ているが毛色が黒に近く、毛足は短く切り揃えられている。加えて黒い丸眼鏡をかけていて、見た目はかなり真面目そうだ。
「モカはタヌキ、ぼくはアライグマだ~よ~」
よく間違われるのかアールは、まんじろうが聞くよりも先にアライグマだと答えた。違いのアピールなのか器用な両手をまんじろうの前に出してにぎにぎしている。そしてなぜかまんじろうもアールの真似か、同じようにもふもふの手をにぎにぎしている。
「アールくん、ぼくのお風呂嫌いは治せるのかな?」
まんじろうはもじもじしながら質問した。するとアールは慣れた様子で、
「治せるよ~大丈夫だよ~」
と答え、まんじろうに向けて再びにぎにぎアピールをしている。まんじろうはアールのあっさりした答えに目を丸くしていた。
アールはまんじろうの様子を見て言葉を続けた。
「まんじろうの悩みが軽いとは言ってないからね~、おプロを頼ってくれる時点で結構大変なことだし~、まんじろうの状態なら解決は早いよ~ってことだ~よ~」
まんじろうはこくこく頷いている。顔もいつも通りに戻っている。
「じゃあ、早速お風呂場に行こうね~」
アールは器用な手でまんじろうの手をふわっと包み込むように握り、ゆったりと部屋を出たのだった。
(続く)