おプロの話3
第三章 そばくんのお家にて
次の日まんじろうはワクワクしながら詰め込んだポシェットを持ち、いつもより早く外に出ていった。
早起きの得意なマーガレットでさえも、目を擦りながらまんじろうを見送ったという。
「まんじろう、いつもは目をしょぼしょぼさせて朝を過ごすのに今日はバッチリ目を覚まして行きました」
マーガレットはかいぬしからホットミルクを受け取り、朝食をとっている。
「そういえば、マーガレットはどうしてそんなにまんじろうのお風呂嫌いを気に掛けてくれているの?」
かいぬしはマーガレットの向かいに座ると、目玉焼きにナイフを当て、一口サイズにして一気に食べた。いつもはここに寝惚け顔のまんじろうがマーガレットの隣でにんじんを食べているが、今日はぽっかりとして寂しい。
「お風呂に入らなくなったり、ご飯を食べなくなったりすると『アイワスレ』と呼ばれる症状がでます。この症状は周りから愛されることが苦手になると言われているんです」
マーガレットは最後の茹でキャベツを口に入れ、もぐもぐしている。
人間でも「セルフネグレクト」という言葉があったはずだ。自分で自分の世話が出来なくなるというもの。それに近いものだろうか。
「今はまだ、嫌々でも入ってくれてますが完全拒否になるとそこからお風呂に入る習慣を身に付けるのは大変と聞きます。だから今がチャンスなんです」
マーガレットは昨日の夜まんじろうに見せていたおプロ基礎の本をかいぬしに渡した。マーガレットはお布団ソムリエとして活動もしている資格に興味を持ったぬいぐるみで、この本は資格集めの一つだろう。
かいぬしはマーガレットから借りた本に目を通し始めた。マーガレットが説明してくれた内容は『お風呂嫌いの危険性』のページに書いてあった。
マーガレットはごちそうさまでした、ともふもふの手をあわせて食事を終えた。
「これからもまんじろうを大事なお友達だとみんなが思いたいんです。知り合いのおプロもその1匹なので、きっと大丈夫だと思いますよ」
マーガレットにおプロ基礎の本を返し、かいぬしは2セットの食器を片付け始めた。そして今日は棚にしまってあるまんじろうの食器をじっと見つめていた。
「そーばくん!!ぼーくだよ!」
まんじろうはクチバシ町にあるそばくんの家を訪れていた。クチバシ町はぬい広場のあるヌイノ森町から西に20分歩くと見えてくる町だ。
町の入り口にはクチバシをイメージしたものか、カラフルな三角形を所々に使ったウェルカムアーチが置いてある。そばくんはそのウェルカムアーチを抜けて5軒目のモノトーンハウスに住んでいた。
そばくんが扉を開けてまんじろうを部屋の中に入れると、そこにはもふもふ空間が広がっていた。もふもふの魚型カーペットに始まり、ふわふわの魚柄のタオルがかかっている今にも泳ぎだしそうな魚型クッションが置かれていた。
ベットはそばくんのような色合いで、掛け布団の丁度おへそにあたる所にはばってんがついている。
「はいこれ、お土産のおさかなクッキーだよ!ご要望にお答えしちゃった!」
そう言うとまんじろうはそばくんが用意してくれた皿にざらーっとクッキーを流し入れる。
心なしかおさかなクッキーが皿の中に飛び込んでいったように見えた。
まんじろうはそばくんのベットが置いてある側に、そばくんは入口に近い椅子に座った。
おさかなクッキーを口に運び、そばくんと話しているとまんじろうの視線の先にあるものが目に入ってきた。
「そばくん、あそこに置いてあるカゴってお風呂セット?」
そばくんは予想していない質問に目を丸くして、後ろに置いてあったカゴを確認する。
「そうだよ!珍しいね、まんじろうがお風呂セットを気にするなんて」
そばくんは改めておさかなクッキーをポンッと口に入れた。塩味がほどよく効いていて、右手が既に皿へと伸びている。
「実はぼく、この後おプロさんに会いに行くんだ」
そばくんは再度目を丸くしてまんじろうの顔をじーっと覗き込んだ。まんじろうの目に映るそばくんの瞳は先ほどよりもしっとりと黒く、不安の色が映っていた。また、手に持っていたおさかなクッキーは皿に置かれている。
「本当に?悪くなったにんじんでも食べちゃった?」
「大丈夫!にんじんは新鮮な状態でしか食べないよ!」
そばくんの心配をよそに、まんじろうは垂れた耳をぴこぴこさせながら目を細め笑顔で答えた。そして安心させるために昨日マーガレットと話した内容をそばくんにも伝えると、ようやく皿に置いていたおさかなクッキーに手を伸ばした。
「なるほどね、そういうことだったのね」
「そう!だからぼく、会いに行ってくるよ」
まんじろうが最後のおさかなクッキーをもぐもぐと食べ終えると、椅子からぽてっと床に降りた。ゴソゴソとポシェットの中身を確認し、そばくんの家を出る準備をしている。
その姿をぽけーっと見ていたそばくんがさらっと気になることを口にした。
「そういえばまんじろう、隣町との境を歩く時は気を付けてね!確かそのおプロさんそこ付近に住んでて、色んなぬいぐるみのお風呂相談を受けているみたい!」
まんじろうはおプロの場所を教えてくれたのかと思い、わかった!と軽く返事をしたのだった。
(続く)