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父に、そして母に会いに行く。~父のこと④~
#20241028-484
2024年10月28日(月)
先週土曜日に学校行事があったため、週明けの月曜日こと今日は振替休日となり、ノコ(娘小5)は休みだ。
学校の予定が確定した時点で、この日はノコが行きたがる東京ディズニーランドに行こうと狙っていた。10月は学校行事が多いからほかの学校も休みかもしれないが、土・日曜日よりはきっと空いている。ハロウィン間近だから園内はさぞかし華やかだろう。
むーくん(夫)も年休取得済み。
準備は万端。
だが、私の気力と体力がついていかなかった。
先月9月に突如降ってきた父の余命宣告。
末期がんで命があと1ヶ月あるかないか。
そういわれても、年内はもつかもしれない。年が越せるかもしれない。
ほんとうに1ヶ月なら後悔はしたくない。
父を最優先にしたい。
だが、1ヶ月であってほしくない気持ちももちろん強い。
私、むーくん、里子のノコという3人家族の暮らしもおろそかにしたくない。
心の置き場がわからず。
揺れる。揺れる。揺れる。
たまたま病がわかり、余命なんていうものを宣告されたが、本来なら余命なんてわからないものだ。人間という生き物としての平均寿命はぼんやり意識していても、いつなんどき命が終わるかなんて、だれもわからない。
どの日々も、ひとりの時間も含めた――だれとの日々も大切にしたいと思っているのに、余命宣告は容赦なく「優先順位」を迫ってくる。
幸いなことに、ノコに東京ディズニーランドに行く計画は話していなかった。
むーくんもいる今日、ノコの下校時刻や習い事を気にせずに私は父母と向き合える。むーくんも入院している父に会いに行くよういってくれた。
面会は13時から。
1日1回2人まで。面会時間は20分。15歳以上。
母は大抵11時には病院に着き、飲食ができるラウンジで持参した昼食を口にする。父の具合が悪くなってから、母まで食欲が落ちてしまい、おにぎりと果物少しだという。そして、面会時刻を待つ。
私は病院到着を13時にしてもいいのだが、母と少しでもお喋りできればとやはり11時を目指して家を出る。
たいした話をするわけではない。
母とて父の病状をだれかれにも話したくない。容体が日々変わるので、打ち明けたのを機に「どう?」と頻繁に連絡がくるのも負担になる。
尋かれても困るのだ。
「わからない」のだから。
どうなるのか、ちょっとの先も見えないのだから。
だから、きっと母の話し相手に娘の私は適している。
ノコのことはむーくんに任せて、私は家を出る。
ここ連日、学校行事を含めたイベント続きだったから、のんびり家にいてもいい。むーくんとどこかへお出掛けしてもいい。
宿題がからむとよく喧嘩する2人だが、2人きりでの外出などは嫌がらないので助かる。
「面会が終わった頃を目指してノコと病院に行くかも」
見送りに出た玄関先でむーくんがいった。
「父には会えないよ。2人までだし。ノコさんは年齢的にも」
「わかってる。でも、お義母さんには会えるだろ」
むーくんが笑った。
先週金曜日に緊急入院になった父は高熱が出ていて、元気がなかった。
食欲もなく、昼食も乳酸菌飲料を飲んだだけだという。膝下に出ていた赤い斑点――内出血によるもので血小板が少ないためどんどん増えている――は、紫色になり、つながり、もはや斑点に見えない。見れば、膝上、臀部、腰まで斑点が広がっている。ベッドに接しているのに、背中は意外と少ない。顔も出ていない。眼球は少し赤い。
身を起こしたいという。手助けのため抱きかかえた父の体が熱い。
薬を飲むと、また父は横になり、目をつむった。
「少し寝る」
面会時間は20分限りだが、そのあいだも起きていられないようだ。
荒い息をする父を母と2人じっと見下ろす。
点滴の管が引っ掛からないよう位置を動かす。
「なにか、せめて食べたいものを持ってきてあげたいけど、無菌室だからダメなのよね」
ホスピスに移れば、きっと好きに過ごせるのだと思う。だが、治療は受けられない。
病院に入院していると、治療は受けられるが、好きには過ごせない。
このジレンマ。
「帰ろっか……」
腕時計に目をやり、20分経ったところで母がいった。
病室を出たところで、むーくんから連絡が入った。もう病院に着くという。
母と病院併設のカフェに向かい、4人でしばしお茶をする。
もうすぐ母を追い越しそうなほど成長したノコに母が目を丸くした。
「大きくなったわねぇ」
「ばぁば、ばぁば!」
ノコがびょんびょんと跳ねる。
さっき相対した父と違い、ノコはまさに真逆、生命力の塊のようだ。
ぽつりぽつりと父の様子を話せば、むーくんはただただうなずく。
「どうしたら、ね」
「どうなるんだろう、ね」
母と私は、その先の言葉が見つからない。
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