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気をもむより、ストップウォッチをスタートさせる。
#20241024-481
2024年10月24日(木)
ノコ(娘小5)の「ブンスカ虫」は健在だ。
おやつを食べた上で食事を残した場合、食事完食が続くまでおやつが禁止となる。このお約束を決めたのはむーくん(夫)で、ここしばらく完食が続いていたため、久し振りの発令となった。
もともとノコは食が細いのだが、おやつは別腹だといって食べる。
おやつを食べるのはいい。それが本当に別腹ならいい。問題は、それで食事が入らなくなることだ。
「ママママ、ママママ、今日のおやつは?」
ランドセルから給食セットに宿題といった「出すもの」を出すと、ノコはごくごく自然な流れでお菓子のワゴンの前に立った。
「昨日、夕飯残しちゃったから、今日はおやつナシじゃないの?」
ノコより先に帰宅したむーくんが聞きつけて、廊下の向こうから叫んだ。
「ご飯残したのに、おやつは食べるはダメだぞ!」
姿が見えないのをいいことに、ノコはむーくんがいる方へ悪人面と呼びたくなるほど凄みのある眼光を向けた。一丁前の面構えだ。
それだけでは苛立ちがおさまらないのか、ノートをバンバンとテーブルに叩きつける。
物を乱雑に扱う行為に胸がざわつく。
ノコの暴力的な苛立ちが伝染してきそうだ。
単にノコは不満をぶつけているだけでなく、私が嫌う行為をすることで注意を引こうとしている。ここで私が物に当たることを咎めれば、私に食ってかかるのが目に浮かぶ。
荒れるノコを視界から追い出して、私は私のためにコーヒーを淹れる。
やすらぐ香りを深く深く吸い込む。
バンッ! ダンダンダン!
ノコは居間のドアを力いっぱい閉めると、荒い足取りで階段をのぼっていった。向かう先はノコの部屋だ。
宿題に手をつけず、今日はこれから習い事だというのに、自室に閉じこもってどうするつもりだろう。
私はそっと腕時計をタッチし、ストップウォッチ機能をスタートさせる。
こんな気をもむ待ち時間は、イライラするよりいっそ楽しんだほうがいい。「いつになったら宿題をはじめるのだろう」ではなく、「いつまで宿題をやらないでいられるか、さぁ新記録に挑戦です!」と思うのだ。
そうすると、結構たいした記録を残さずに宿題をはじめてしまう。
アイスコーヒーではなく、あたたかいコーヒーが飲みたくなる気温になった。
マグカップを手で包み、夕飯の支度をするべく冷蔵庫を開ける。
玉ねぎと人参をみじん切りにする。こまかい作業は集中できるので、待ち時間に都合がよい。
はじめに包丁を研いだのだが、次第に目が痛くなり、涙がぽろぽろとこぼれてくる。切り方が悪いのだろうか。玉ねぎとは泣かずに向き合えない。
「ママママ」
鼻をすすりながら、半開きの目で玉ねぎを刻んでいたら、いつのまにか背後にノコが立っていた。
「ごめんなさい」
ズビズビと鼻を鳴らしたら、さらにノコがいった。
「イライラをママにぶつけてごめんなさい」
振り返って目元をぬぐい、鼻をかむ。
「もっとお部屋に閉じこもるかと思ったら。ずいぶん早く戻ってきたね」
ノコは机に向かうと宿題をはじめた。
「パパには内緒よ」
そういって、ノコの口に小さなチョコレートを入れる。
「これで、お夕飯を残したら、もうオマケはなしよ」
広がる甘さにノコは目を細め、何度も何度もうなずいた。
キッチンに戻りながら、ストップウォッチをそっと止める。
――8分47秒。
10分にも達しなかったか。
ノコは相変わらず、すぐ怒る「ブンスカ虫」だが、それでも前と比べると怒る時間が短くなってきた。自室でどう気持ちを切り替えているかわからないが、こちらがいわずとも自分のふるまいを振り返るようになってきた。
まだまだ、だけど。
ノコの「ブンスカ虫」はそれこそ大人になっても健在かもしれないが、つきあい方を身につけてくれればそれでよい。
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