コマーシャルと現代社会 第6回-どこまでも行くと記念樹があった
この「コマーシャルと現代社会」では経済の浮き沈みやら身体やらジェンダーやら重い話を結構扱いきました。そろそろ気軽に読めるライトなものをやっておきましょう。ということで、裁判の話です。
66年、あるタイヤメーカーのCMソングが発表されました。
この「どこまでも行こう」という曲は、作詞・作曲をCMソング界の重鎮といえる小林亜星氏が担当されました。93年の安全キャンペーンCMで復活した他、最近もまた復活してCMに使われていますので聞いたことがあるかもしれません。
一方、92年。フジテレビ系のトークバラエティ「あっぱれさんま大先生」のエンディングテーマとしてこんな曲が流れてきました。
「記念樹」というタイトルの曲は、服部克久氏というこれまた作曲界の重鎮と言える方の作品でした。
この「記念樹」を聴いて引っかかった小林氏は、服部氏に盗作ではないかと抗議をしたのです。しかし議論は平行線のままとなり、小林氏はとうとう民事訴訟へと踏み切りました。
「著作権」という大きなくくりの中に「著作者人格権」があります。これは著作物というものの中に著作者の魂が宿っている、著作者の人格が著作物に反映されているという考えから成り立つ権利です。具体的には著作者の許諾なしに未公開作品を公表出来ない「公表権」や著作物を勝手に改変されない「同一性保持権」、公表する際に著作者の氏名を表示するかしないかを選択できる「氏名表示権」というものになります。当初、小林氏はこの内「同一性保持権」「氏名表示権」違反として服部氏を訴えました。
第一審東京地裁判決。「一部似ているようではあるが、同一性があるとは認められない」として小林氏敗訴。これを不服とした小林氏。控訴審が決定しました。
第二審東京高裁判決。ここで初めて両曲を一音ずつ検証してみることにしました。果たして何割の音階が被っていたのかというと…なんと約72%。さらにはメロディーの最初が「ドレミ~」で始まること、最後が「ドレド」で締まること(厳密に言えばリズムが異なる)が一致しているとし、同一性を認めました。よって服部氏敗訴。これを不服とした服部氏は最高裁に上告しました。
最高裁は服部氏の上告を棄却し、第二審高裁判決を支持。よって、服部氏の敗訴が確定しました。これにより番組で「記念樹」が使用できなくなった他、「記念樹」の公での歌唱・演奏が禁止されてしまいました。「記念樹」はいまや闇の中に葬られた一曲である、といえます。
裁判では盗作認定されましたが、服部氏も作曲の天才であることから「どこまでも行こう」を知らずして偶然生み出したのではないかという考えがあります。人に刺さる音楽の表現は割と限られているからです。実は原告側の作品を知らずに生み出した偶然の表現の一致は、著作権侵害と認められません。さらにはその昔にふと耳にした「どこまでも行こう」のメロディーが「記念樹」を作曲する時にふいに降りてきてオリジナルと勘違いした説も…果たして服部氏はどうだったのか、それは本人のみぞ知る話なので筆者はもう何も言えません。悪しからず。
コマーシャルと現代社会 第7回 「恐怖CMは〇〇から」へつづく
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