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【早川徳次】地下鉄の父と呼ばれた男〜土木スーパースター列伝 #21

徳次との出会い

「木本さん、ひとつ東京見物といきましょうか。最初におがむべきは、もちろんあそこでさ」
竹五郎がみちびいた先は、代々木の明治神宮である。南神門をくぐり、拝殿の前に立つと「ああ」と声が出た。これまでに感じたことのない満ち足りた静寂。ふわりとただよう檜のかおり。
これは、門井慶喜著「地中の星」に出てくる、一場面だ。

門井慶喜著「地中の星」(新潮社)

私はこの本を読んで、はじめて「早川徳次(のりつぐ)」を知った。土木偉人かるたで見ているはずだが、記憶にない。おそらく私以外にも、そういう人はいるだろう。と言うことで、出会ってしまった早川徳次への、偏愛を語ってみようと思う。

土木偉人かるた

さて話しを「地中の星」に戻そう。
東京以外の土地から来た者には、まず明治神宮をおがませる。これから天子のおひざもと、一国の首都で仕事するのだという自覚をもたせる、通過儀礼のようなものだった。
大倉土木の現場総監督である竹次郎をここに連れてきたのは、他でもない「早川徳次」だ。それからと言うもの竹次郎は、それぞれの現場監督をここへ連れてきた。

これは嘘か真か、わからない。物語の展開に過ぎないが、せっかくなので私も明治神宮へ足を運んでみた。しかしそこには、静寂も檜の香りもなかったが、心が洗われる不思議な場所だった。

明治神宮

東京に地下鉄をつくるぞ!

早川徳次は、1881(明治14)年10月15日、山梨生まれの実業家。
早稲田大学を卒業後、南満州鉄道に就職。その後、鉄道院⇒佐野鉄道⇒高野登山鉄道と移籍し、役員報酬をもらっていたにも関わらず退職。34歳にして無職に。挙句の果てに「この世で最初の、しかも死後も残る仕事がしたい!」と具体的な案もなく、金もないのに外国に行きたいと。
「その金はどうするんじゃい!」と思えば、人伝手に大隈重信を紹介してもらい、鉄道院委託と言う立場で単身ロンドンへ渡る。
そしてロンドンで出会ったのが地下鉄。「これだ!東京に地下鉄をつくるぞ!」。でもお金も人脈もない…

そこで凄いのが徳次。大隈重信から高田早苗を、高田から渋沢栄一を、渋沢から後藤新平と奥田義人を紹介してもらい、協力を得ていく。そして1920(大正9)年8月29日、東京地下鉄鉄道(株)を設立。初代社長は、なんと土木学会初代会長の古市公威。

土木学会初代会長の古市公威(出典:Wikipedia)

徳次のチャレンジ


私がイメージする徳次は、銀座駅や地下鉄博物館にある銅像とはちょっと違う。想像する雰囲気はカーネルサンダースで、汗をふきふき、資金繰りに翻弄する姿が頭に浮かぶ。

徳次のイメージ(左:写真、中央:銀座駅の銅像、右:カーネルサンダース)
左、右の写真の出典:Wikipedia 

徳次の発想は独創的だ。
ある時、ポケットに白と黒の豆を忍ばせて、尾張町交差点(現在の銀座四丁目交差点)に立った。一定の時間内にどれくらいの人が通るか勘定をする。その豆は、今でいう交通量調査のカウンターの役割りをしていた。いちばん多い場所を直線で結べば、地下鉄の順路が決まる。徳次は雨の日も雪の日も豆を持って、調査を続ける。夜になるとビール片手に隣り合わせた人に、ヒアリング調査をした。返ってくる返事は、「ムリムリ、東京は地震が多い」「上り下りするのは嫌だ」とつれない。

銀座四丁目交差点(左:セイコーハウス、右:銀座三越)

1917(大正6)年冬、徳次は飛鳥山にある渋沢栄一邸を訪ねる。おそらく正門からこの道を通り、邸宅へむかったと想像する。
調査の結果、浅草を出発し、上野、銀座、新橋を通り、最後は品川に通じるルートを提示。東京市役所から「東京の地盤は、いい」とお墨付きをもらったことなどを説明。そして前述のように後藤鉄道院総裁と奥田東京市長へと繋がることになる。

正門から屋敷をのぞむ(中央公園内に渋沢邸があった)

ついに東洋唯一の地下鉄道が完成!


渋沢邸を訪問してから10年余り。1927(昭和2)年12月30日、ついに浅草~上野間(2.2キロ)が開業した。
日本初の全鋼製車体は、レモンイエローで最上部のみ濃い茶色で塗られていた。これは子供たちからは「カステラ」と呼ばれていたらしい。確かに似ている!
暗闇のトンネルに浮かび上がるテールランプの光は、「地中の星」そのものだった。いや、それは徳次の心に灯る、光だったかもしれない。

地下鉄博物館にある地下鉄車両1001号車 と カステラ

1942(昭和17)年11月29日、徳次は急性肺炎のため61年間の生涯を終えた。
今回、東京急行電鉄の創業者である、五島慶太との関係性は割愛する。私に平等なジャッジが出来るまで、お預けだ。ちなみに、五島の仲人は古市公威である(笑)

地下鉄開通100周年に向けて

2027年には、上野~浅草(銀座線)開通100周年を迎える。そこで呼びかけたい。「集まれ!徳次ファン!」
2.2キロを歩きながら徳次への偏愛を語り、ラストは徳次が愛用していた上野精養軒で美味しいビールが飲みたい!!

上野精養軒(上野精養軒HPより)

参考
・「地中の星」(新潮社)門井慶喜著
明治神宮
飛鳥山渋沢史料館
地下鉄博物館
上野精養軒

著作者:白木綾美
プロフィール:土木酒場の常連さん。第一回全国土木弁論大会最優秀賞。
土木学会コンサルタント委員会副幹事長、市民交流研究小委員会委員、2023年度会長特別プロジェクト委員。
田村喜子著「復刻版 土木のこころ」(現代書林)PR係。
清水建設(株)所属。