自分の言葉で伝える「令和5年度土木学会会長特別プロジェクト」
令和4年某日、土木学会会長特別プロジェクトの事務局として任を受け、次年度に第111代土木学会会長となる田中茂義次期会長(大成建設)とはじめて対面で話したときに言われた言葉を今でも鮮明に思い出す。「これからよろしくね。土木の魅力を発信する君達は、土木が魅力だと思っているかな。」自分は魅力的だと思っているのだろうか。この言葉に対する回答を探し続ける旅が始まった。
自分の経験
自分の入社当時を思い返すと、学生から社会人(現場施工管理)となり、そのギャップの大きさと現場特有の雰囲気に馴染めず、転職を考えたこともあった。また、最初に与えられた仕事といえば、現場掲示物の整理や先輩の雑用が多く、嫌気がさしたことも多々あった。そんなある時、自分が働く作業所で現場見学会を実施したときの出来事である。親子現場見学会というものが行われて、地域に住む幼稚園の子供とその親が数十名ほど現場見学をする機会があった。参加してくれた子供の1人が、私が整頓した朝礼看板、現場掲示物等を見て、「ここが一番好き」と言ってくれたのである。その時、自分がした仕事が初めて認められた気になった。それ以降、現場の先輩には雑用と思われている仕事でも、主体的に取組むようになった。どんな小さな仕事でも、いつかは誰かの目に留まり、理解してもらえるときがくると信じて。
主体的に仕事をすることで、今までやらされていた仕事も、前向きに取組むことができた。また、自分が真剣に取組むことで、周りの人はサポートしてくれる機会も増えた。とても小さなことではあるが、自分にとって土木業界で働き続けるきっかけは、この経験だと言える。会長から頂いた言葉から、そんな自分が土木を続ける転機を思い出した。このように、誰でも土木業界で働く中で感じている魅力があるのではないか。忙しすぎる業界で働く皆の声が、もっと大きくなり、土木の魅力を発信する人が増えれば、周りに土木の魅力が伝わっていくのではないだろうか。そのようなコンセプトから、映像制作のプロであるディレクションズに尽力いただき、「自分の言葉で伝える土木」の動画制作へとつながった。
魅力発信の難しさ
いざ土木の魅力を発信しようとすると、1年しかないプロジェクトの中で、発信する対象をどうするか、それによって、どのようなSNSを利用して発信すればいいのか、土木とはどこまでが土木(土木の範囲)だと言えるのか。また、写真をつけて発信するときに、許諾が必要となるのはどういう状況なのか、どうすれば人を惹きつける発信ができるか等、広報をしたことがない自分にとっては初めてのことばかりであった。
そんな時、委員会メンバーでありYoutuberでもある発信のプロから、「批判がないのは、発信できていない証拠です」という金言をいただいた。とにかく失敗を恐れずに批判がくるまで発信を続ければいいのか。批判がきても良いという言葉で、肩の荷が軽くなった。それから、プロジェクトメンバーと共にYoutubeや、X(旧Twitter)、Instagram、TiktokといったSNSを使い、広い土木分野の中で「建設」にフォーカスを当てて、土木の魅力発信を実践している。
これまでに、Youtubeでの動画総再生回数は数万を超え、たくさんの人に見ていただけた。自分のサムネの動画を公開したときは、少し恥ずかしさもあったが、動画を見たという学生から、「動画を見ました。土木が面白そうなので、土木関係の仕事をしたいと思っています」というコメントをもらったときは、涙腺が刺激された。
プロジェクトから得たもの
会長特別プロジェクトの一般公募をかけたとき、忙しい業務時間の中、無償で参加いただくことになるので、本当に参加してくれる人はいるのか、知り合いの数人だけでの活動になってしまうのではないかと思っていた。しかし、蓋を開けると産・官・学70名以上の人が参加したいと手を挙げてくれた。いまのところ私がこの委員会で失ったものといえば、大量の名刺(笑)ぐらいで、たくさんの方に出会い、経験をして、貴重なお話を聞かせていただいている。土木の魅力向上特別委員会の下に設置されている「魅力ある土木の世界発信小委員会」の松永昭吾委員長からは、土木の歴史やその魅力を色々なイベント会場で聞かせていただいた。私は以前よりも土木に興味を持ち、この業界で活躍したいという気持ちが強まった。また、委員会活動中等で出会った大学の先生方から、インフラと経済の関係性や社会インフラの問題点等を聞かせていただき、自分の土木に対する視野も広がった。
土木学会活動の良いところは、社外の人とフラットな関係でコミュニケーションが取れるところだと思う。建設業界のシステム上、どうしても仕事では、上下関係ができてしまうが、土木学会で出会って会話をするときは、所謂「ノーサイド!」。土木業界において、「土木の魅力を向上させたい」という共通の目標を持つ人達との会話は、いつも夢に溢れて魅力的であった。
おわりに
来年の6月、令和5年土木学会会長特別プロジェクトは、どのような成果を収めることになるのだろうか。動画の総再生回数が数万回を超えたことや、その他の活動の取組みでこの業界に与えた影響がどうかを測ることになるのだろうか。私は事務局メンバーとして、そして幹事として「少なくとも一人の学生が土木業界に就職することを決め、一人のアラサーはこの業界で活躍する決意を固め、70名以上の委員会メンバーは発信することが持つ力を実感しました」と答えたい。そして、一人ひとりお名前をあげることはできないが、プロジェクトに最後まで付き合ってくれた委員会の仲間や関係した方々、外出が多い自分を温かい目で見守り、バックアップしてくれた所属部署の方々には心より感謝を伝えたい。
令和5年度土木学会会長特別プロジェクトをきっかけに、「土木の魅力を自分の言葉で発信する人」が少しでも増えることを願ってやまない。そして、プロジェクトを推進した仲間たちと共に最後にこう言いたい。「ちょっぴりしんどかったけど、私達は土木が魅力的だと思い、自らの意思で、自らの言葉で発信し、楽しんでプロジェクトをやり抜きましたよ!」と。