25-8
午前一時七分。公園敷地内、休憩スペース。
帰ってこない。二班からの返答も、様子を見に行ったあいつも。もしかしたらそろそろ対象の決着が付きそうであるというのに。落ち着かない。モヤモヤとした不安がまとわりつくようで。
たったひとり残された監視役の男は、駆られるように無線を開いた。
「こちら一班、応答せよ、こちら一班」
何もない。ただ、ノイズが混じっていたように思える。
「そろそろだぞ、準備は大丈夫か?」
何もない。このノイズは風の音であろうか。男は顔をしかめた。何かが起こっているのだろうか。一度、様子を見に行ったほうが良さそうだ。小さく溜息をついて小屋から出る。月明かりが眩しく、夜中とは言えどもなかなかの光量に目を細めた。
ふと、足元に目をやる。何かが落ちている。小さな黒い物体。嫌な予感。思わず、無線を開いた。
「おい」
地面に落ちている黒い物体から、己の声がかすかに、かすかに、聞こえた。それはインカムだった。物体が何であるかを認識するのと、背中に鋭い痛みが爆発するのが同時だった。次に襲ってきた頭部の痛みは、意識が途切れたことによってすぐさま分からなくなった。
男が倒れた後、小屋の影から現れたのは網屋だ。手にした銃をホルスターに収め、相手が確実に死んだことを確認する。彼らのやり取りから察するにこれで最後の一人だろう。
男の上着を探り、スマートフォンを引っ張り出す。最後の仕上げのために必要なのだ。敢えて素手で触った。吉と出るか、凶と出るか。彼らの上司がきちんと確認を取るタイプであることを祈るしかない。
午前一時十分。公園中央。
胸部に連撃を食らう。だが芯まで届かない。四発目で腕を掴むことに成功した。引き寄せ、膝を相手の腹に叩き込む。二発まで入れたが距離を取られた。
詰めろ。詰めろ。逃すな。早く終わらせたい。とっとと帰りたい。
小さく振りかぶり肘を武居の横っ面に入れる。入った感触はしたがその代わり肘を取られた。すぐさまひねって逃れる。その間に武居の右拳が迫る。右手で巻き取るようにそれを取り、腕ごと小脇に抱え、伝うように踏み込んで肩を胸部に当てる。まだ離さない。右肩も抱えるように掴み、上半身を地面へと叩き落とす。自分自身も引きずり降ろされたが、肘を入れようとする武居より速く脇腹を蹴り飛ばした。
早く帰って、心配かけてしまったことを謝りたい。いや、もう寝ているかもしれない。寝ていてほしい。無理はしてほしくない。
「おい!」
武居が叫ぶ。叫んだな、と頭の片隅で他人事のように認識する。
「アンタ、誰のこと考えてんだ!」
そんなの決まっている。みさきのことだ。土曜日の夜はみさきがご飯を作ってくれる日だ。会いたい。早く会って顔が見たい。話をしたい。
互いの距離を走って詰める。少し大ぶり気味になってしまっている武居の攻撃。疲労のためか。それとも己の速さでカバーできることを熟知しているからか。掻い潜る。背後に回る。追い打ちの肘が来る。避けきれず腕に食らう。
「集中しろよ、おい聞いてんのか!」
一歩引く。武居の左足がミドルの位置に飛んでくる、これを手で払う。今度は即頭部に、これは肘で払う。右ストレート、かがんで回避。
「別のこと考えてんだろ、さっきから!」
背後へと回り込むが、追尾してくるかのようにすぐさま右の蹴りが来る。ギリギリで引いて避ける。
帰ったらなんて言おう。素直に全て話すしかあるまい。隠しおおせるものでもない。全て話して、そうしたら彼女は離れていってしまうかもしれない。だが仕方ないだろう。隠しておきたくないのだ。彼女の全てを欲しいと願ったのだから、自分自身も全てをさらけ出さねば。
「こっちをッ」
勢いでブレそうなものだが、武居の足はブレなかった。回避された瞬間にぴたりと止まり、返す刀でそのままもう一度、今度は目澤の首へと鋭い蹴りが放たれる。
「俺を、見ろ!」
よろけたところへ追撃。何発か食らい、避け、距離が開き、何度目になるか分からない短い時間の睨み合い。瞬間の出来事だ。数秒にも満たぬ。
「今、アンタのッ、目の前にいるのは、俺だぞ!」
「やかましい!」
叫びながら打つ単純なストレート。怒りに任せて放ったそれは、武居の動きを止めるに十分な威力があった。間髪入れず膝の横を蹴り飛ばす。崩れる武居。目澤のハイキックが彼の頭部を捕らえる。勢いを殺さぬまま回転しもう一撃。吹っ飛ぶ武居、追う目澤。
「クソッ!」
立ち上がる武居、走って迫る目澤。
「ちゃんと俺を、見ろ!」
武居の蹴りが脇に一度入り、だが二発目は目澤が足で防いだ。持ち上げた踵で武居の膝を踏み抜く。盛大によろけ、武居は倒れ伏した。
目が合った。結構顔立ちが整っているのだな、と、ここでようやく気が付いた。それは何故か。ここでようやく、まともに彼の顔を見たからだ。一瞬、恐怖に染まった武居の顔は、自分が落とす影のせいで青白く見えた。
「……断る!」
体重と脚力。その全てを乗せて、目澤は思い切り、武居の顔面を踏み抜いた。革靴の底が鼻血で汚れた。