リッチ 「収束、その後の調査」
砕けた赤いものから、急速に光が消えてゆく。既に朽ちた体が、糸の切れた操り人形のように倒れた。瘴気が空気に溶け消えてゆく。風に香りが掻き消されるように。
僧とリッチの元へ剣吾と真文が駆け寄る。足元に「落ちている」遺体は、風に吹かれてカサカサと枯れ葉のような音を立てていた。
だが、リッチはまだ生きていた。いや、生きているというのは語弊があるだろう。動いていた、と表現すべきである。
「……種明かしを、しては、くれまいか」
やはり耳障りなノイズ混じりの声。聞き慣れない発音が混ざっており、言語魔法の効果が薄れていることが分かる。
「ここに『現れた』ときに」
僧が真っ先に口を開いた。
「崩れただろう、その体が。そして、元に戻った。戻った時、左肩に引き寄せられるように見えた。そこを中心としているように見えたんだ。それを目撃したのは私だけだ。故に、私がトドメを刺す役割を担った」
「で、そこら辺を話してるのが『聞こえた』から、俺が囮になった。アンタ、話す時も念話じゃなかったし、こっちを『見た』だろ? そんな体になっても、まだそういう感覚を捨ててない。だったら聴覚だって同じだろうと踏んだ。お坊さんの音を消したら、案の定引っ掛かってくれたってわけさ」
屍は、はは、と笑った。逆再生のような不快さはなく、その笑い声が言語魔法を通さない素のものだと知れた。
「そうか、そうか……執着していたのは、吾輩か……そうか……」
笑い声はひどく乾いていて、諦めのような、嘲りのような、どちらともつかない音色をしている。
「そして……諦めて、しまったのも……吾輩、で、あるのだな……」
足が、肩が、そして頚椎が、乾いて崩れてゆく。魔力で補っていたものが剥ぎ取られ、元来の朽ちたものへと戻ってゆく。そうなってしまえば、もうこちらの世界のものと変わりはない。
黒い瘴気が薄くなってゆく。非日常が、空気に紛れて急激に日常へと吸い込まれてゆく。リッチの顎が軋みながら動いて、何かを小さく呟いたが、もう何を言っているのかは分からない。ただ、言葉の途中で止まり、全ては紡がれることはなかったと、それだけは分かった。
「で、本当に誰も消えてはいなかったんだな?」
駆除班の事務所。いつものように、駆除を終えて那美に報告を行う真文と剣吾。
「はい。寺院内だけでなく、近隣住民にも確認を行いました。行方不明者はおらず、全て連絡、確認が取れています」
「うーん、例外もあるんじゃないの? 必ずしも、って訳じゃないっしょナミおばちゃん」
「班長と呼ばんかい! まあ、確かにその可能性もあるが……」
しばらくパソコン画面で寺院の写真を眺めていた那美であったが、内部の写真を見た瞬間に顔付きが変わった。
「おい、真文。明日にでもここの寺の仏像、全部スキャンかけろ」
「仏像、ですか?」
「ああ。全部だ。デカいものから小さいものまで一つ残らずだ。なんだったら文化庁を通してからでも構わん。いや、寧ろ通せ。大義名分をくっつけとけ。仏像で当たりが出なかったら、地下だ。地面も床下もほじくり返せ」
「……もしかして、班長」
「分かったか真文、全部だ」
さほど間を置かず、該当寺院の仏像全てが文化庁の名のもとに調査された。数体の仏像の中央部分は空洞になっており、中に即身仏が収められていたことが判明した。ほんの僅かにニュースの片隅で報道され、オカルト的な興味や歴史文化的観点から視線を向ける者もいたが。
本尊である釈迦如来像の中身が空であることは、秘匿事項として取り扱われた。
護摩壇で炎が轟々と燃えている。先日の件で八面六臂の大活躍を見せた僧はここの住職であり、その彼が淡々と何かを焚べ続けている。
「いいんでしょうか、このようにしてしまって」
住職の背後に立ち、炎を見つめているのは真文と剣吾の二人。あの時倒れていた僧たちもすっかり健康状態が回復し、周辺で住職の手伝いをしている。
「まあ、他に場所もないから。火葬場に持っていくこともできないし、外で燃やしたら、ほら、駄目でしょう」
そう言いながら、炎の中に放り込むのは骨だ。ひどく乾ききっており、古い。
「うちの御本尊に入れてしまおうかとも考えたんですよ。だって、その代わりに来たんでしょう、彼は」
「代わりというか、ええと、まあ、うーん……」
「ま、そうなるよな」
言葉を選ぼうとして余計に分からなくなってしまう真文に、剣吾がフォローを入れた。
「でもねえ、あんなに疲れ切った人をまだ働かせるのはどうかと思って。一応ね、調べたんですよ。リッチってお二人が呼んでいたから。元は人だっていうじゃないですか。だったら、荼毘に付さないと」
とても古い骨であるので、炎に焚べると簡単に砕けて燃えた。時折弾け、火の粉が散る。
「まあ、その……本尊の中に即身仏が入ってたなんて、本当びっくりしましたけどね」
仏像の中に収められていた即身仏は、この寺の歴代住職であろうということが調査により判明している。寺の歴史はかなり古く、その歴史の中で即身仏の秘密は失われていったのだろう。
小さく砕けた骨と、乾ききった服。赤い炎の中へ。
「ここに来たのも何かの縁。ならば、こうしてやるのも何かの縁でしょう」
そうして、住職が唱える真言が低く、低く、炎の唸る音と共に響く。
「真文さん。これ、すっげえ音だな」
炎の中心を見つめながら、剣吾がうわ言のように呟いた。
「……空の天辺まで届きそうだ」
「ええ。ええ、そうですね。きっと届くことでしょう。きっと」