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我が友、その死について 1

【前】

 エリュート・セルシウスという男は、学府の中でも少し浮いている人物であった。浮いている、というよりは避けられている、と表現する方が正しいか。
 理由は、彼の難儀な性格にある。学府の「教場」で講義を受けているだけあって才能も教養も優れているし、セルシウス家は貴族であるから後ろ盾も申し分なく、黙って立っていれば見目も麗しいたおやかな少年である。だが、彼は無類の議論好きであった。しかも、その議論で結論を出す気がない。ひたすらに論と論をぶつけて戦わせ、丁々発止のやりとりをいつまでも続けていたい。そんな気質であった。
 教場で講義を受ける少年少女たちは生え抜きの中の生え抜きであるので、エリュートの吹っ掛ける論戦に応えるだけの実力も頭脳もあるが、それに延々と付き合う根気はなかった。ただひとり、バノン・ジスカールを除いては。

 バノン自身も教場の中では浮いていた。クロヴィス・ジスカール師の養子として突然現れた、得体の知れぬ人物。クロヴィスの情夫ではないかという下品な噂。しかしその噂は真実であり、路地裏の男娼であった彼の素性や過去や実情など良家の子女が知りようはずもない。格差の生み出す雰囲気の違いと、大人達の下種の勘ぐりが合わさって、たまたま事実を導き出していたに過ぎない。
 エリュートにとって、そのようなことは些末な問題であった。出自や立ち位置が議論を左右するのか、と彼は言い放った。そんなことはどうでもいい、議論を続けよう、と。バノンにとってもありがたい話であり、また、エリュートと議論を戦わせるのは楽しいものであった。
 クロヴィス師によって才能を見出されたバノンは、その立ち位置もあって「間抜けな成績を出すわけにはいかない」という気負いもあった。そんな息詰まる環境の、ささやかな息抜きでもあったのだ。

 この二名が繰り広げる論戦は、毎度同じような内容で円環を描いた。曰く、魔法を攻撃に転用した際、重視するべきは威力か、速度か。一撃で終わらせることができればそれに越したことはない、という主張のバノンと、その一撃で対応できなかったときどうするのか、という主張のエリュート。結論など出ようはずもなく、舌戦はいつまでも平行線を描いた。魔力の供給はどうする、術式は、精霊による補助の見込みは、詠唱型か記述型か、圧縮詠唱の際の失敗率は、魔法発動のための杖や武器にどれだけの補助を見込めるのか、云々……。
 さらに、両者とも火の魔法を得意としていたために議論は細かいところまで及ぶ。術式発動の際の周辺環境温度、地域における精霊や魔素の偏り、果ては自身の求める魔法強化や補助に際しての経費、詠唱時の息継ぎに最適な箇所とその時点における大気状態、などなどなど。

 気が合う仲間だった。だから、いつまでも議論などできたのだろう。弾かれ者同士という同族意識ではなく、ただ単に話していて楽しいから。それだけのごく当たり前の友人関係だった。
 故に教場での教育課程が終わった後も、交友は続いた。エリュートは学府に残り火属性魔法の研究を続け、バノンは市井に戻り赤鴉亭を継いだ。このように二人の進路ははっきりと分かれたが、間のある時に顔を出したり、手紙のやり取りなどもした。昔のように毎日議論を戦わせることはできないが、互いの近況は分かっていた。そしてこのまま、それが続くと、思っていた。


 冒険者向けの宿屋を開いている立場上、国内外に限らず様々な事情が耳に入ってくる。先代の店主が隠居し、バノンが自力で店を切り盛りするようになってからはなおさらだ。
 訳の分からない殺され方をする事件が複数発生している、というとりとめもない噂が赤鴉亭に流れ着くのも当然の流れであった。

「なんだ、その、あやふやな物言いは。まず誰が殺されたってんだよ」
「それが、なんつうかバラバラなんだわ。うまく説明できねぇよ……騎士とか、貴族とか、傭兵とか、あとはそこら辺にいる普通の奴とか……」

 仕事の斡旋を生業にしているヒューマンの男は、言い淀みながら言葉を探す。彼が勘働きに優れていることを知っているので、バノンは黙って続きを待った。

「殺された奴らに共通点はない、多分。多分、だ。そこまで調べちゃいねえんだ、すまねえな店主。でも、殺した奴はおんなじだ」
「はっきり言い切るじゃねえか」
「同じ奴じゃなけりゃ、同じやり方とか同じ流派とか、そういうやつだ。でもなあ、あれは流派とかそういうんじゃねえんだよなあ」
「じゃあなんだい」
「切り刻み方が、大体おんなじなんだよ。切れ味、肉片の大きさ、周りへの血の飛び方。何件か見たから分かる、ありゃおんなじ奴がやった。それだけは間違いない」

 カウンターに身を乗り出し、男は少し低い声で断言した。

「殺された奴らはてんでばらばらだが、だからこそヤバイ。貴族も混じってるってのが一番ヤバイ」
「仇討ち、か」
「お家柄にもよるだろうけどな。じきに仕事が来るぜ、あっちこっちから。忙しくなるぞ」
「受けるやつを見繕っておいたほうが良さそうだな、何組か」
「そういうこった。頼むぜ店主、どうぜ一件じゃ足りねえことになる」

 言いたいことだけ言い残して、男はエールを一気に飲み干すと足早に去っていった。大ジョッキ一杯分の銅貨の下には一枚の紙切れ。何人かの名前が記されている。左の掌の中で銅貨を転がしながら、右手に持った紙切れを眺め、そしてバノンは息を呑んだ。

「レジナルド・セルシウス三世……」

 偶然の一致か。赤の他人か。既知の姓が、そこにはあったのだ。


【続く】

恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。