『秋と落ち葉と黒猫』
僕は季節の中では秋が1番好きだ。
空が澄んでいて高く感じるし、夏のように暑すぎてうだる事も、冬のように寒すぎて風邪をひいて縮こまる事もない。
踏みしめる度に、乾いた音をたてる鮮やかな落ち葉も好き。
そして、僕がより秋の中でも好きなのが、こうして帰り道に、君と帰る儚い夕暮れ時。
「笑っちゃうくらい中間できなかったなー」
「夏前の期末でもそれ言ってたよ」
高校のすぐ近く。紅葉の飾りが圧倒される程大きな木に囲まれたアーチの並木。銀杏だけを踏んで帰るという小学生のような遊び歩きをしながら、彼女は落ち込んでる風も無い声色で言った。
右手に持った、さっき買ったばかりのミルクティーが零れそうだ。
ぴょん、と次の銀杏へ踏み飛ぶと、彼女の茶色いボブが軽やかに一緒に跳ねる。
「僕等もう高2だぞ、狙ってる推薦落としたらどーすんだよ」
「そーなったら、そーなったらだよ」
彼女のお得意、"そうなったら、そうなったらだよ"。
あまり次の事を考えはしない彼女。
先生に怒られる事を予期しなかったのか、高校入る前、中3の冬に染めた金髪の揺れる髪色は、まるでミルクティーのようで。
つい先日も、体育の教官に呼び出されてしこたま注意されていたのに染め直さない。
僕の高校は受験推奨の風潮があるから、指定校は県内にしかない。
「どーなっても知らないからな」
「まあたそういう冷たい事言う」
「…勉強なら教えてあげられるけど、生活指導は避けさせてあげられない」
「あ、飴と鞭」
僕の親は、県内でも有名な国立大学病院の医者の職に就いている。
大学は都内の私大の医学部を希望している。僕じゃない、親が。
なりたくない訳じゃない。でも、心からなりたい訳でもない。
医者という職業。人の命を、自分の身を粉にして勉強して、そうしてなって、自分よりも家族よりも、優先して助ける職業。
敷かれたレール。医者は立派だと、尊敬はしている。
かさかさ、ちゃぽちゃぽ、ふわふわ、彼女から形容できる今の音。
夕日と紅葉に照らされた彼女のほんのり赤い顔が僕に向く。
「再来年には、私が金髪にしても注意してくれなくなっちゃうね」
真っ直ぐ僕の目を射抜く、金髪なのに真っ黒な瞳。
タイミングを計らうように、小さな黒猫が寄ってきた。
「お、この子あんたにそっくり。真っ黒」
「髪色だけだろ」
「ほんと、一応焦げ茶くらいならさあ、染めるのOKな高校なのに1回も染めなかったよね。大学行ってもそのまま真っ黒にしたまま?」
「染めるとそのあとがお金かかるから」
「あーたしかにプリンになると目立つしねえ」
さすさす、人差し指で黒猫の喉を優しく撫でる彼女。
黒猫は逃げない、寧ろもっと撫でられたい、かのように目を閉じて安らかな顔をする。
「…黒髪の方が、あってるから。そのままでいいよ」
僕は覚えている。
幼馴染の僕らは、小さい頃よく遊んでいて。近所の公園に行くと、高確率でそこには黒猫がいた。
人懐っこくて、いつも彼女の腕に抱かれて。
"ほんとに、このことっても似てる"
僕に似ていると、黒猫の事を見ていつもそう言っていた。小さい時だったし、彼女の髪だって真っ黒だったのだけれど。何故かいつも僕に似ていると豪語していた。
染められない。
これから先もずっと。
僕は黒猫になりたいと、あの頃も今もそう思っている。
「やー、ほんと、似てる」
今度は僕を見ずに黒猫にそう言う。
僕は知っている。
君が推薦を欲しがらずに、受験をしようとしていることを。
県内ではなく、東京だということ。
寝る間も惜しんで、必死に勉強をしているということ。
何故か僕には言わないから、僕も知らない振りをしている。
中学3年の冬、僕が第1志望の高校に落ちた日、雪が強く降っていて。
ああ、確か、お父さんに思い切り殴られたんだっけ。
高校は第2志望でもいい、大学は必ず医学部へ行け、そう最後に言われたんだった。
悔しくて悔しくて、静かに下を向く僕の隣、彼女が何故か大泣きしてた。眉を思い切り顰めて、口を噛み締めて。
次の日には、彼女の髪の毛は明るく眩しい金色になっていた。
心が、救われた。
ほんと、なんでか全然、今も分からないけど。
こっちを見て笑う彼女が、あんまり綺麗で忘れられない。
未来の事は分からない。
僕の未来も。彼女の未来も。
ただ、そばにいたいとずっと想っている。
だから、染めない。
僕は、黒猫になりたいんだ。
fin.
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