想いを現実にしていく力~ Mr. CHEESECAKE 田村浩二さんの挑戦 ~
Fringe Explorer アンバサダーである北極冒険家の荻田泰永さんと前例のない未知へと踏み出し、独自のスタイルを探求しているExplorerが“未知への挑戦”をテーマに対談を行う本企画「Explorer Dialogue」。
今回ご登場いただいたのは、元フランス料理人で現在はMr. CHEESECAKEでチーズケーキの販売を行っている田村浩二さん。販売開始後、5分で売り切れることもあるMr. CHEESECAKEは“人生最高のチーズケーキ”として多くのファンに愛されています。
フランス料理のシェフとして成功を収めた田村さんは、なぜチーズケーキ通販という未知の世界に挑戦することを決めたのでしょうか。
※今回の取材はオンラインで実施しました
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偶然の出会いを深掘りし続けたら、やりがいという鉱脈にぶつかった
オギタ:田村さんはMr. CHEESECAKEを立ち上げる前はフランス料理のシェフをされていたそうですね。
田村:はい、調理師専門学校を卒業していくつかのフレンチレストランを経験し、2018年に独立してMr. CHEESECAKEを立ち上げました。
オギタ:そもそもどうして料理の道に進もうと思ったのですか?
田村:僕はもともと野球をずっとやっていたのですが、プロにはなれませんでした。そこから何をしようかなと考えました。その頃、親友の誕生日に初めてチーズケーキを作って学校に持っていったんです。そうしたら周りの友達も含めてすごく喜んでくれました。その空気がとても良いなと思って、これを仕事にしたいと思ったんです。
オギタ:初めてのチーズケーキがそこで出てくるのですね。どうしてチーズケーキを作ろうと?
田村:母が料理好きで、よくお菓子も作っていたんです。それを見ていたので自分でもできるんじゃないかと(笑)。
オギタ:でも、選んだのはパティシエではなくフレンチシェフの道だったんですね。
田村:もともとはパティシエになりたかったんです。ただ、そのときは甘いものだけを作り続ける人生が自分には合わないなと思っていました。フランス料理なら料理もデザートも両方勉強できるので、こっちだと思ったんです。
オギタ:そういうことでしたか。
田村:僕もお聞きしたいのですが、荻田さんはどんなきっかけで北極の冒険に挑戦しようと思ったのですか?
オギタ:僕は3年間通った大学を中退して、特にやることもなく日々を過ごしていました。でもエネルギーだけはあり余っていて何かしたいと思っていたんです。
そんなとき、偶然テレビで大場満郎さんという冒険家の方を知りました。大場さんが北極圏に若者を連れて行くという企画を計画されていることを知って、参加すれば何か起きるかもしれないと思ったんです。それで、大場さんに手紙を書いて北極圏の旅に参加しました。
田村:それまでアウトドアの経験などは?
オギタ:まったく経験もありませんでした。海外に行った経験もなしです。初めての海外旅行が北極でした(笑)。よく「なぜ北極に」と聞かれるのですが、もう偶然としか言いようがないんです。もっとらしい理由を言おうと思えば言えるのですが、正直なところは、「たまたま出会ったから」です。その出会いから20年間。やり続けるうちに、やりがいが後からついてきた感じです。
田村:その感覚分かります。僕も、料理の道へ進んだのは、もともと計画していたことではなく、いわば偶然です。料理の道を深掘りしていくうちに、料理は食べた人をどう変えるかの手段にすぎなくて、料理を食べた人に、美味しい以上の感情を持ってもらい、いかに影響を与えるかにやりがいを見出すようになりました。
始まりは市販の保冷バックに油性ペンで「Mr. CHEESECAKE」
オギタ:田村さんはフレンチシェフとしてかなりの実績を残されていますよね。ガイドブック『ゴエミヨジャパン』では期待の若手シェフ賞も受賞されています。それなのにスパッとキャリアチェンジしてMr. CHEESECAKEで独立されました。普通はシェフの独立というと自分のレストランを持つ方を想像します。
田村:普通はそうですよね。僕は今でも料理やレストランという空間が大好きです。ただ、レストランビジネスはどうしても1日のお客さんの数に上限があります。でもインターネットなら世界中誰とでもコミュニケーションがとれるし、自分の考えを届けることができます。それでInstagramに自作のチーズケーキを載せてみたところ、たくさんの反響をいただいて販売することにしました。
最初は、趣味の範囲でした。パッケージもなく、注文を受け付けるWebサイトもない。Instagramで直接やりとりをして、市販の保冷バックに油性ペンで「Mr. CHEESECAKE」と書いて発送していたんですよ(笑)。
オギタ:そうなんですね。そこから、本格的にチーズケーキの通販を始めていったのは、なぜですか?
田村:1つは、さきほど言ったように、料理は手段で、美味しいもので、いかに人に影響を与えるかにやりがいを感じるようになったことです。もう1つは、フレンチシェフとして、いろいろ経験してきた自分だからこそ、誰もが知っていて、誰もがイメージできるチーズケーキを、どこよりも美味しく表現できるんじゃないかと思ったからです。“人生最高のチーズケーキ”と言っているのも、そんな想いからです。
石橋をたたいて壊して作り直してから渡るタイプ。だから、とことん考え、ひたすらやり抜く
オギタ:たしかに僕もチーズケーキは大好きです(笑)。でも、それまでの経験や実績から離れたビジネスを始めることに不安はなかったのですか?
田村:僕は、石橋をたたいて壊して作り直してから渡りたいタイプなので、不安だらけでしたよ(笑)。だから、どうしたら上手くいくかを、とことん考え、ひたすら実行しました。レストランをやめる数か月前は、朝4時に起きて、レストランの出勤前にチーズケーキを作る生活をしていました。
睡眠2時間ぐらいで、体力的にはかなり辛かったのですが、月にある程度の売り上げを作ることができたので、チーズケーキで独立しても何とかなるだろうと思って腹をくくりました。
オギタ:冒険も準備が大事なんです。初めて歩く場所でもリサーチすれば情報は集まります。でも、それは情報でしかない。そのルートを歩いた経験は自分にはないわけだから、今までの経験から当てはめてシミュレーションするしかないんです。それを徹底的にやります。気温、自分の状態、氷の状態、日照時間、そういった情報からゴールまでのルートをシミュレーションして、冒険の現場ではそれをなぞるだけです。
田村:でも、イレギュラーなことは起きますよね。
オギタ:ええ。シミュレーションを狂わせる要素は必ず出てくる。だから重要なのは、「予想外のことが起きる」ことを予想しておくことです。一番、危険なのは、予想外のことは起きないという前提にたってしまうことです。
小さな違和感の先に大きな達成感が待っている
オギタ:そんななかでもチーズケーキに留まらず、エネルギッシュに活動されていますよね。メイドインジャパン品質の洋風干物を販売する『アタラシイヒモノ』や間伐材を食材にした新しい試み『木のパウンドケーキ』など、意欲的な挑戦を続けておられます。そうした未知へ挑戦をされるとき、田村さんは直感で決めるタイプですか?
田村:やりたいか、やりたくないかは、直感で決めますね。ただ、それが本当に実現できるのかどうかは、めちゃくちゃ調べて考えます。やりたいと思っても、できないと思ったらやらないのが基本スタンスですが、どうにかしてできないかを考え抜くので、今までやりたいと思ったことは全部できているんです。
オギタ:すばらしいですね。
田村:多くの人が、「できるかどうか」よりも「やらない決断」をしているように思います。自分自身の状況や、関わる人がいればいるほどトレードオフが複雑になるので、決断が難しくなると思いますが、やっぱりたった一人の情熱が多くの人を動かすと思っています。
荻田さんは20年間、北極に挑戦され続けてきたわけですよね。どのように情熱を維持されているのですか? 将来のビジョンを描いていらっしゃったのですか?
オギタ:僕は冒険を続けた先のことはぜんぜん分かっていなかったんです。つねに目の前の目標をクリアしてきただけ。でも走り続けたその先のイメージはあったように思います。
田村:そうなんですね。僕はいずれMr. CHEESECAKEを世界に届けてブランドにしていきたいと考えています。Mr. CHEESECAKEではパッケージに『トーキョーチーズケーキ』と入れているのですが、それは世界で戦いたいから。
バスクチーズケーキやニューヨークチーズケーキと同じように、自分のチーズケーキが世界に出たときトーキョーチーズケーキと呼ばれるようになりたいという想いを込めています。ただ、世界で戦うといっても、近道はありません。荻田さんがおっしゃるように、目の前の目標をクリアしていくことが大事だと思うんです。
僕は、けっこう同じ作業をするのが好きなんです。やればやるほど、気が付くポイントが増えるからです。たとえば、こうすればひとつの作業が0.5秒速くなるとか。単純な作業であればあるほど、小さな違和感を見過ごさずに解消していく習慣を身につけた方が良いと思っています。ほとんどの人が、それをやらないので積み重なると、ものすごい差になっていく。
オギタ:神は細部に宿ると言いますが、違和感の解消を積み重ねていくということですね。それを続けることで、違和感を察知する身体的なセンサーも磨かれていくはずです。
どんな未知でもやろうと思った時点で可能性がある。その想いを信じ抜くことが大切
田村:荻田さんはセンサーを磨くために何が大切だと思われますか?
オギタ:身体性を伴った経験をしていくしかないと思います。大場さんがかつて私にしてくれたように、私も昨年、若者をつれて北極に行きました。そこで私と若者は同じものを見ているわけですが、見えるものはまったく違います。同じ音でも聞こえているものが違う。
その違いは身体性を伴った経験をしているかどうかなんです。いくら知識があっても現場でできないことはあります。それは日々磨いていくしかありません。
田村さんは料理人と飲食業界の未来についてどうお考えですか? 今、飲食業界は大変な危機に直面しています。
田村:新型コロナウイルスが収束した後、飲食業界が今までと同じ状態に戻るかというと、それは難しいと思っています。レストランや料理人のあり方は根本的に変わるでしょう。仮に、レストランという場所がなくなった時に、自分が何をできるかを考え直すきっかけになると思います。それこそ“未知への挑戦”に一歩踏み出せるかどうかが大切だと思います。
オギタ:一歩を踏み出す際に、周囲から反対などに躊躇する人も多いと思いますが、田村さんは、周囲から反対をどうとらえてきましたか?
田村:何か新しいことや、みんなと違ったことをしようとすれば、必ず周囲から反対はあります。僕も、チーズケーキの通販を始めるときは、周囲から批判的な声をいただきました。でも、今は、このような状況下になると「あの時の判断が正しかったね」なんて声をもらったりします(笑)。
結局、周囲からの声は1歩離れた、守られた場所からしか聞こえてきません。だから、ほとんど気にしなくて良いと思います。挑戦しようと思った想いを大切に突き進むことに集中することです。
オギタ::田村さんがレストランではなくチーズケーキという未知の世界に挑戦されたように、ですね。最後に田村さんにとって“未知への挑戦”とは何かということをお聞きしたいと思います。
田村:どうなるか分からない未知のことでも、それを自分がやろうと思った時点で潜在的には実現可能性があると思っています。だから、それを信じ抜くことが大切です。信じ続け、行動し続けることで可能性が顕在化して現実へと変わっていくのだと思います。だから、僕にとっての未知への挑戦とは「可能性を信じる事」です。
オギタ:その通りですね。冒険も結局は1歩1歩進む、行動することでしかゴールには近づきません。可能性を信じることが、1歩1歩のモチベーションとなり、最終的に想いを現実にするということですね。本日は、ありがとうございました。