【ショートショート】シーブリーズ
高2の初夏、真由のクラスでは、シーブリーズを買うと仲間内でキャップを交換し合うのが流行っていた。キャップを交換しても香りや成分が変わるという訳ではないが、自分の物を相手の物と交換する事でみんな友情を可視化したいのだ。
ある日、真由は他の高校へ通う幼馴染から、シーブリーズのキャップを好きな人と交換して使い切ったら恋が成就するという噂を聞いた。
真由には同じ学校に一つ上の彼氏、裕太がいる。通学の電車が一緒で親しくなり、1年生の冬に真由の方から思いを告げた。クラスの友達には内緒にしている。
下校中、最寄り駅から家までの道。
「裕太ってさぁ、シーブリーズ使ってる?」
「使ってるよ?真由がこれいい香りだって言ってたから同じの買った。」
裕太はこういう所がある。不安になるくらい私に興味が無いかと思ったら不意打ちで好意を投げつけてくる。
「キャップ交換しない?」
「…キャップ?えなんで?」
「良いから!出して!」
「何?壊れたん?」
「違う!」
「おんなじやつだよ?意味なくね?」
「うるさい!」
意図は説明せず、半ば強引に交換した。裕太は私の突拍子もない言動に慣れている。ガードレールに腰掛けてシーブリーズが溢れないようにキャップを交換する私を、
「こぼすなよ!がんばれ!」と笑う。
交換が完了すると裕太は満面の笑みでハイタッチを求めた。
「別にキャップなんか交換しなくても良かったなぁー」
「は?なにそれ!」
翌日の昼休み、友人の友梨佳がキャップの交換を申し出た。
「私はいいかな…」
やんわりと断る。裕太のキャップを他の女の手に渡らせてはいけない。
「でもキャップと本体おんなじ色だと友達いないみたいだよ?」
「そんな事しなくてもいるじゃんここに」
友人の肩をわざとらしく抱く。
「うるさっ!」
「この色がいいの。」
「ねぇマジ変なんだけど!」
絶対に死守するのだ。
「え、もしかして真由好きな人のためにとっといてる?」
「は?何それやめてよ!」
「なんか好きな人と交換して使い切ったら恋が叶うみたいなこと聞いたんだけど、それ狙いか?このこのー!」
「ちーがーう!」
「まぁ真由って彼氏とか作る感じじゃないもんねー」
「それは分かんないじゃん!」
皆が笑う。
そんなキャップ交換会の会話を後ろの席で寝たフリしながら聞いている僕。くだらねない。そんなことして何になる。まともなのは真由さんだけでそれ以外は全員クソだ。真由さんは安易に流行りには乗らない。彼氏を作る気配も無いく、けがれを知らない。僕の唯一の理解者だ。
この間こっそり真由さんと僕のキャップを取り替えたせいか、自分でもますます好きになっているのが分かる。この調子では両想いも時間の問題だろう。おんなじ香りを交換しても意味がないと思っていたけど、ネットの噂も案外当たる。誰に見せるでもない嘘くさいあくびをしてシーブリーズをカバンから取り出そうとした刹那、カバンの中で液漏れしている事に気がついた。
「…うわぁ」
か細く情けない声が出た。慌てて立ち上がり、取り出した拍子に液体を全てぶちまけてしまった。
「なんかめっちゃにおいする…え!阪本シーブリーズこぼしてない?」
「ほんとだ!しかも私と彼氏とおんなじ香りのやつ!!」
「え真由彼氏いたの!?ヤバ!」
「ごめんごめん!ちがうウソウソ!それどころじゃないよね阪本君!大丈夫?タオルとかある?」
初めて真由さんから声をかけられた。空のシーブリーズを落とした音が昼休みの喧騒に溶け込む。
教室に嘘みたいに爽やかな香りが充満した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?