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【時に刻まれる愛:1-10】手紙の真相

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追伸

ボクは爺やと一緒に、父からの謎めいた手紙に目を通していた。

拓実へ。

20歳の誕生日、おめでとう。

直接、お祝いの言葉を言えず、
また、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。

もう大人の君に、大切な贈り物がある。

さまざまな事情で、私の家は捜索される可能性があったから、
すぐには分からないように隠してある。

お前なら、辿り着けるだろう。
私の、本当のメッセージへ。

父より。

追伸:

夢を追う二人の親子は、
まるで円盤を駆け巡るように
永遠に時の中を周り続けるのだろう。

時間とは、数字であり、
それは時に、残酷なものだ。

手がかりは、いつも裏側にある。

親子の間に刻まれた時間を、
正しく見つめ直すのだ。

「ほら、この追伸だよ!」

ボクは急かすように爺やに言った。

爺やはボクの横で、改めて追伸を読んだ。

『たしかに、お父上らしい
 独特な言い回しですな。』

爺やの指摘はその通りなのだが、ボクが言いたいのはそれではなかった。

「爺や、違うんだ。

 まるで円盤を駆け巡るように
 永遠に時の中を
 周り続けるのだろう。

 ってあるでしょ。

 これって、時計のことじゃない?」

爺やはすぐに答えた。

『えぇ、私も何となく、
 時計をイメージしておりました。

 でも、
 それが何かあるのでしょうか?』

なんだかボクは、ワクワクしながら言った。

「爺や。
 お父さんの家にさ・・・。

 玄関の正面のホールだよ!」

そこまで言うと、爺やは気づいたようだ。

『はっ!
 柱時計ですか!』

父の家には立派な柱時計がある。

その時計とは・・・
父の家を、ボクらの暮らしを、象徴するほどの存在感だった。

時が見守る城

父の家の玄関は広い。
それこそ、ボクの今の部屋よりも広いだろう。

その大げさなほどの玄関の正面に、城と呼ばれるに相応しいようなホールがある。

父の邸宅の中心的な場所で、ボクら家族が住むエリアと、客室などが配置されたエリアをつなぐ場所だった。

そのホールには、これまた城にふさわしい、かなり大きな柱時計がある。

おとぎ話に出てくるように、ゴーン、ゴーンと、時を告げる鐘の音も鳴る。

父の家では、その鐘の音は朝早く鳴り、その音で一日が始まっていた。

鐘の音でボクや母は起きた。

でも、父とお手伝いさんたちは、鐘の音よりも早く起きていたようだ。

とにかく、その鐘の音が鳴れば、ダイニングで朝食を食べられる。
そんな合図だった。

朝食を摂ると、父は早々に支度を済ませ、仕事に出かけた。

父が出発する前、ボクはホールまで見送りに行った。

ボクだけじゃない。
たくさんのお手伝いさんたちが、ホールで父を見送る。
これが朝の日常的な光景だった。

ボクらの生活をつなぐような象徴的なホールと、そこでボクらを見守る大きな柱時計。

追伸に書かれた、あの言葉の意味が、もし時計だとするならば・・・。

まるで円盤を駆け巡るように
永遠に時の中を周り続けるのだろう。

これは疑いようもなく、その大きな柱時計を指していると直感した。

10年間、父の家には誰も出入りしていない。

今でも、その柱時計は、時を刻んでいるのだろうか。

朝早く、誰もいない城の中で、鐘の音を鳴らしているのだろうか。

いや、それはあり得ない。

誰も手入れをしていないんだ。

きっともう、止まっている。

時の止まった城を、ただ静かにあの時計が見守っているのだろう。

静けさの中で

次の日の朝早く、ボクと爺やは家を出た。
そう、10年間住んだ、この隠れ家を出発したのだ。

いつものように、爺やが車を運転してくれている。

ボクは爺やに尋ねた。

「お父さんの家までは、
 遠いんだっけ?」

よく考えてみれば、ボクは父の家の場所を知らない。

当然だ。
子供の頃に、こちらに引っ越してきたのだから。

今日の爺やは、やはり少し緊張しているようだった。

爺やは答えた。

『えぇ、
 車で1時間ほどですな。』

いつもなら、ボクと爺やは車の中で、たわいもない話をする。

でも、今日は違う。

その1時間、ボクらの間にこれといった会話は無かった。

ボクは色々と物思いに耽っていた。
父のこと、母のこと。
これから向かう、父の家の様子。
de・hat社のこと・・・。

何度か、ふと我に返った時に、爺やの横顔を見た。

爺やは爺やで、何か考えている様子だった。

ただ静かに、淡々と、ボクらはその城へと向かっていた。

まさにちょうど1時間が経つ頃、気づけば深い森の中へと差し掛かっていた。

辺りは霧が立ち込めて、視界が悪い。

ボクは1時間ぶりに口を開いた。

「爺や、大丈夫かい?
 だいぶ、視界が悪いな・・・。」

爺やは、なぜか得意な様子だった。
その理由は、爺やの言葉ですぐに分かった。

『えぇ、問題ありませぬ。
 ここは通い慣れた道。

 まもなく、見えてきますぞ!』

ボクは、ごくりと唾を呑み込むと、言葉にした。

「そうか。
 もうすぐか。

 こんな深い森の近くだったっけ。
 海沿いの丘の上のはずだったけど。」

爺やは、すぐに返事をした。

『その丘こそ、この森です。
 海は、この反対側ですな。

 そうです、もうすでに、
 お父上の邸宅の
 敷地の中ですぞ。』

分かってはいたことだが、大人になって、改めて父の邸宅の・・・いや、今はボクの邸宅かもしれないが、その敷地の広さや凄みに圧倒された。

フロントガラス越しに前方を凝視していると、霧の中から何かが見えてくる。

少しずつ、少しずつ・・・。

圧倒的な存在感を放つ、その城のシルエットが見えてくる。

ボクは思わず、ため息を吐いた。

「はぁ、すごいな。
 こんなに・・・。」

爺やが答える。

『えぇ。
 今でも立派ですな。』

ボクらは城の前に着いた。

記憶の中の印象よりも、圧倒的に大きく、迫力のあるように見えた。

クルマを降りて、2、3歩ほど前に歩いた。

あらゆることに圧倒される。

城の大きさ。
歴史を感じさせる凄み。
そしてこれが、ボクに継承されたという責任。

過去を完全に乗り越える意気込みで来たのだが、一瞬のうちに自分が小さく感じた。

それほどの迫力だった。

しかし、次の瞬間、ボクは気力を取り戻せた。

爺やが放った、心を貫くような言葉だった。

『旦那様。
 おかえりなさいませ。』

今や、この城の主人となった未熟なボクに対して、爺やは初めてそのように呼んでくれた。

10年ぶりの帰宅

爺や、、、いや、今目の前にいるのは、紛れもなく、父に仕えた優秀な執事だった。

その執事がボクに改めて言う。
まるで、この時を待っていたかのように。

『伊月野 拓実様。
 あなたこそ、
 今、この城の旦那様です。

 おかえりなさいませ。

 それでは、
 私はここで周囲を警備いたします。』

爺やがそう言い終わる頃、守衛が数人、近づいてきた。

皆がボクに深々と頭を下げて言う。

おかえりなさいませ、旦那様。

爺やが守衛に確認する。

『お前たち!
 城の周りを
 完璧に警備できるように
 配置したか?』

爺やのそんな厳しい口調は初めて聞いた。

ここに着いてまだ数分と経たないが、周りの人の変化が、ボクに覚悟を決めさせた。

爺やも守衛も、ボクを旦那様と呼ぶ。
そうだ、ボクはこの城の・・・。

だからこそ、過去と対決し、完全に乗り越えなければ。

さぁ、行くぞ。

歩き出そうとした時、爺やが最後の確認をした。

『旦那様。
 何かありましたら、
 例の合図で・・・。』

ボクは黙ってうなずいた。

城の周囲から何者かが近づけば、すぐに爺やが車のクラクションで合図してくれる。

そういう手筈だ。

ここからは、ボク一人の戦いだ。

10年ぶりに、ボクは、その大きな扉を開いた。

固く、重たい、大きな扉だった。

そのあまりに広い玄関に、ボクは足を踏み入れた。

念の為に、ボクは言った。

「ただいま・・・。」

その声が、城の中に響き渡る。

城の中は、埃まみれで蜘蛛の巣も張っていたが、あの頃のままだった。

ボクは先ほどよりも、小さな声で、だけど、しっかりとした口調で言い直した。

「ただいま。
 ・・・戻ったぞ。」

真実はここにある

玄関から、例の柱時計が見えている。

ゆっくりと、正面のホールに進み、その柱時計の前に立った。

やはり、時計は止まっていた。

しかし、この時計に何かあるはずだ。

ボクは、その大きな時計を調べ始めた。

しかし困った。
いくら調べても、何も見つからないのだ。

ボクは思わず、胸ポケットに手をやった。
父の例の手紙がヒントになると思い、持ってきたのだ。

「時計・・・
 のことだよな・・・。」

そう呟きながら、何度も手紙を見直す。

「・・・ん?
 そ、そうか!」

追伸の中に、見落としていた一節があった。

追伸:

夢を追う二人の親子は、
まるで円盤を駆け巡るように
永遠に時の中を周り続けるのだろう。

時間とは、数字であり、
それは時に、残酷なものだ。

手がかりは、いつも裏側にある。

親子の間に刻まれた時間を、
正しく見つめ直すのだ。

「手がかりは、
 いつも裏側にある。

 なるほどな、お父さん。」

ボクは柱時計の裏側に手を差し入れた。

ん〜、何もないぞ。
いや、待て・・・。

何かがボクの指に触れた。

それを掴んで、隙間から手を引き抜いた。

封筒だった。
中に、手紙以外に何か入っているぞ。

ボクは封筒を開けた。

その封筒の中に入っていたものが三つあった。

手紙。小さなカード。懐中時計。

ボクはまず、手紙に目をやった。

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