いま、この前例のない世界でゼロを0.1にするには
世界は本格的に前例のない世界になった。そう感じずにはいられない日々がつづいている。
一体だれが、今日の飲食業界や航空業界の苦境を想像しえたであろうか。誰もが、もはや有事に備えるというより、有事をどう生き抜くかというマインドに切り替わったのではないだろうか。
一方、有事に備えて、狭義の保険に限らず幅広い意味で「保険」をかけてきた人も多いだろう。この投稿では新しいリスクに対応することについて考えてみたい。
保険会社のビジネスモデルは、生命保険や損害保険の違いなどを無視して極論すれば、
【保険料 ― 保険金 = 利益】
である。つまり、保険金を支払いすぎると利益がマイナスとなり、安定した制度運営が出来ずに、加入者に対して予め約束した保険カバーを提供出来ない事態=保険会社が破綻してしまう。
(ただし、万一のときには、生命保険には生命保険契約者保護機構、損害保険には損害保険契約者保護機構というものがある。少額短期保険は保険契約者保護機構の対象外。)
したがって保険会社では、アクチュアリー(保険数理人)という専門職がいて、保険会社の経営が安定的に成り立つよう、多岐にわたるデータをもとに極めて難解で複雑な計算を通じ、適切な保険料を算出している。
また、傷害保険や火災保険のように、統計的な蓄積のあるものについては、「参考純率」といって保険料の参考価格がオープンになっている。
保険会社では、この参考純率をもとに、保険金支払い原資となる「純保険料」を設定し、そこに「付加保険料」と呼ばれる必要経費部分を足して、最終的な「営業保険料」を設定している。
「営業保険料」=「純保険料」 + 「付加保険料」
*保険料の内訳については、ライフネット生命が業界で初めて公開して話題になったのは記憶に新しい。
これらの数値は、保険会社の根幹にかかわる数値であり、スタートアップのように「初めてのことでわからないので、まずはやってみるか」となりにくいのは言うまでもないだろう。
なお、これを統計的に考えるという難しい話は抜きにして、小さくて特異な領域ではなく、より大きな集団をターゲットとして、さまざまなリスクを一つのバスケットの中に入れて平準化を図ることが極めて重要になる。(専門用語では「大数の法則」という)
専門家からは怒られる言い方だが、まさにピッタリの表現は「どんぶり勘定」である。
一方、特定の偏った集団にアプローチするとリスクの平準化が図れず、特定のアクシデントが起こったときに、一気に保険金支払いしなければならない事態となる。例えば以下は、保険会社が忌避する巨大リスクの類型だ。
1)単発的リスク:航空機事故等1回の事故で大規模な損害が発生するもの
2)集積的リスク:台風や地震など短期間に広範囲で損害が拡大するもの
3)累積的リスク:パンデミックのように時間をかけて損害が拡大するもの
4)社会経済的リスク:テロ、暴動、戦争といった損害
例えば、巨大地震の発生が確実視されている地域があったとして、その地域に特化した地震保険というのは基本的にあり得ない。そうでなく、地震発生確率の低い地域や国のリスクを引き受ける中で、ある一定の許容範囲のもと、そうしたリスクの受け入れを社会的使命*なども勘案して検討するのである。
*保険には、保険に加入しているからこそ、日々安心して暮らせる、何かにチャレンジできるという前向きな側面がある。
だから保険会社が、加入者保護のために過度なリスクを避けるのはわかると思う。よって「前例のない世界」に対して極めて慎重かつ保守的に事態を見定めるモードになっているのは、保険会社というものの宿命とも言える。
一方、今は日々新たなリスクが産み出され続けており、その産出スピードも日々増している。また、先程の事例だと、過度にリスクの高い(と思われる)人々や地域は、残念ながら保険対象外となっている。
*例:一度大病を患った人が医療保険に再加入するのは難しいなど
いまは「保険に加入できるか否か」=0か1かの世界になっている。だが、保険という概念を広く考えた場合、社会的なセーフティネットという位置づけを最重視すれば、0か1かではなく、その間があっても良いはずである。
保険金は受け取れないけど、アクシデントに遭ったら周りの誰かが必ずサポートしてくれる。言うなれば、100万円の損害があったけど10万円しかサポートされないかもしれない。でも、「大変だったね、何か困ったことがあったら何でも言って。私に出来ることがあれば貴方のために何でもするから」という想いと共に受け取る「お金には代えられない ”お金”」だ。
今日のような前例のない世界では、特にそれこそが望まれており、社会福利厚生上も極めて有効に働くと思う。
そしてそんな時代を先取りしたのが、中国の相互宝である。
この保険の特徴は、基本保険料が0円で、誰かにアクシデントが発生した時だけ、その人に対して加入者全員が少額ずつカンパするというものだ。
まさに革新的といえるこの取り組みは、中国で大流行し、既に1億人を上回る加入者がいる。
ちなみに加入者1億人ということは、単純計算で1人1円の負担でも1億円の保障となるのだから、もはや公的保険制度と言ってよいかもしれない。
Frichは、100人以下からなる小集団の方が当てはまりが良いと考えている。この場合、仮に100人が1,000円ずつ拠出したら10万円になる。5,000円ずつなら50万円だ。
アクシデント内容にもよるが、この金額感でも解決できるものは多いはずだ。10万円あれば、短期間ではあるが、間違いなくひとり親世帯の困窮を助けることができる。なんのセーフティーネットも持たない人達からすれば大きな福音になるに違いない。
保険に詳しい方からするとどうしてもピンとこないかもしれない。経済感覚の鋭い方にとっては、いったい何がおトクなの?となるかもしれない。
「困っている人がいたら出来る範囲で助けたい/自分が困っていたら助けてもらいたい」という世界観をビジネスにのせる試みは極めて野心的だ。その難しさ・やりがいはやっている僕らが身にしみて分かっている。
しかし僕らは新たな世界をクリアに見ている。そして、その地平には相互扶助を希求する人達で溢れている。