見出し画像

【1】私は死のうかと思った

平井桃子は高校を卒業した。学年トップの成績を修め、部活動ではダンスの全国大会で何度も優勝をするなど、誰に話しても輝かしい3年間だった。それでも桃子が自分を誇れることはそれらではなく、あの凄惨な虐めに耐えたことだけが、自らの勲章として桃子の心を支えていた。

卒業式の日だった。今朝は来ると言っていたのに、家族は誰も来ていなかった。連絡も未読。何か胸騒ぎがした。

桃子の家は祖父が50年前に建てた2階建の一軒家。高校は地元の公立高校だったから、歩いて30分あれば十分家に帰られる。ひとりぽっちで帰路につく。空を見上げたら、いつもより真っ青な空に大きな白い雲が流れていた。雲のように自由になりたいと口にするよりも先に、異常なほど青く見える空が怖くなり、小走りで帰路を走った。

6棟ほどの一戸建てが建ち並ぶエリアの一番奥が桃子の家だ。視界にとらえたとき、直感的にいつもと違うと感じた。今日に相応しくない黒い空気のようなものが澱んでいる気がした。恐る恐る玄関のドアを開ける。

誰かいる気配がするのに静かな玄関。扉を開けて先にはリビングがある。怖い。逃げたい。でも、これまでも逃げずに戦ってきた。最後に逃げたら全て負けたことになる。桃子は扉を開けて、そこに広がる光景を見て思った。

今日だけは、逃げるべきだった。

いいなと思ったら応援しよう!