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愛を語らない愛|1110の日記

今日は母校の美須々ケ丘高校演劇部が県大会に進み、それも私が高校入って初めて大会に挑んだ時の作品ということで絶対に見ないといけないと思い来た。

昨日は打ち合わせがあったので一日目を見る事は叶わなかったが、長野西高校が『M夫人の回想』という過去に美須々演劇部が全国大会に進んだ時の作品をやっていたらしく非常に見たかった。
1人芝居だったものを5人芝居に潤色してやったらしい。
見てぇ〜


部活の同期は全員来ることは叶わなかったが、女子は全員来れたのでみんなで見た。
そもそも、みんなと会うのがなかなかないので会えて嬉しい。


2日目の1公演目は美須々と同じ中信地区でしのぎを削っている県ヶ丘高校。
相変わらず、すごいクオリティと集中力。
ほぼセリフのない役もしなやかな身体で表現していて度肝を抜かれたし、その人が1年生だということも後で知りひっくり返った。


2校目に我らが美須々ケ丘。演目は『愛を語らない』
我々が高校に入学した年は丁度コロナが流行り始めた年で、まともにお客さんに見てもらうことも叶わなかった。
なので、まずこの作品を見てもらえること自体が本当に嬉しい。


1ベルが鳴り、5分後に本ベルが鳴る。客電が落ちる。音が入り、緞帳が上がる。

観客側でこの瞬間こんなに緊張した事は初めてだった。

知っている音が流れ、知っているセリフが目の前で上演されている。

もうなんか涙が出てきた。

あんなに見てもらいたくても見てもらえなかったものが生で観れている。


もちろん、当時とは人も違うし、段取りも大分変わっている。
というか、大道具がある。


長野県はコロナ禍の頃全国で1番と言っていいほど演劇の規制がキツかった。大まかには

・セリフを言う時は人と人が1m以上離れていなければ失格
・対面で喋る場合は2m以上離れなければ失格

これが大きなルールだった。その為かなりの動きが制限された。

その為、空間を大きく使うという目的もあって大道具は7脚の椅子と机だけだった。
それらを話の中でフォーメーションチェンジして椅子や机を前後させたり登ったりして何とか距離をとっていた。

それが、今やそのルールから解かれとても自由にそして本来あるべき距離感で行われている。

まず緞帳が上がった時、知っている横一列の隊形ではなく、動きのある構図になっていて驚いた。
他にも記者が主人公に囲み取材をするシーンも初演は舞台の上下にわかれていたが、今回はちゃんと囲んでそれもいいバランスでいい画になっていた。

全体的な立ち位置関係も違えば、全体のテンポの進み方も違うし、キャラクターの作り方もやっぱり人によって違う。

それでも、変わらないシーン、セリフ、音響があって、引き継がれている演出もあって、確実に我々の初演の『愛を語らない』の地続きにいた。
それらがちゃんと舞台を通して生で観客に体験させて、その反応を受ける。という事がこの作品で出来た。
それがたまらなく嬉しかった。

それと同時に、叶えられなかった事を目の前でやられてしまった感じがして「本当なら私たちがこれをやりたかった」と少し嫉妬もしてしまった。
これは、いつまでも私物化しても絶対もう私が美須々演劇部として出来ることでは無いので後輩が叶えてくれて嬉しいと思うべきことなのだが、やっぱり大人げなく、未練がましいと思っていても思ってしまう。

そう思えるくらい、ブラッシュアップされていて、よりいいものになってて面白かった。
最初の朗読のシーンは本当に美しかった。


本当に、本当に大好きな作品。観ることが出来て良かった。



おかげさまで関東大会に進めたそうです。来年の1月25、26日らしいのでみんなみてください。
私は行けるか厳しいところ。
辛い。


いつか、私も『愛を語らない』を再演したい。それは本当に虎視眈々と狙っている。
私の悔しさは私でしか浄化できない。絶対にやってやるんだから。




では、おやすみなさい。

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