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機械と自力|1112の日記

寝てました。

疲れが溜まっている感覚がある…


東京に戻る日になり、母親が帰る前には家を出る予定だったので、流石に母が仕事に行く前に起きた。


くっそ眠い。

母親と軽く別れの挨拶を交わしたあと、またYouTubeを開き、しばらくして眠過ぎて30分程仮眠した。


その後、そういえば持ち帰る予定の衣服が干しっぱなしなことに気がつき、取り込みに行くが、パーカーなので全部パーカーの裏が湿っていた。

流石にこのままキャリーケースに入れる訳にも行かないのでアイロンで熱を当てて乾かす事にした。


その間に昨日聞き途中だったオーディブルを聞き進める。
便利だなぁ。

ただ、やっぱり、普通に読むより集中力がいる気がする。
特に、少しでも時間を縮めようと倍速にしてるので理解しようとしないと文字が頭を滑っていく。
少しでも他のことを考える余裕が無い。
まぁ、倍速にする必要は無いのかもしれないけど。


アイロンは全然かわかなかった。
少しはマシになった程度。

まぁ、戻ったらちゃんと干そう。


いい加減履修せねばと思い、オーディブルを止めて、家にあった本で「銀河鉄道の夜」を読み始めた。

カンパネルラ…そんな……

宮沢賢治の言葉って情景が美しすぎないか。

猫のアニメバージョンがいいらしいので見たかったが、サブスクでは見れなさそうだし、どこかで借りるしか無さそうだ。

この文をどう映像化してるのか見てぇ〜



ふと思ったが、読書とオーディブルは『「自分で道を走る」と「ランニングマシンで走る」』の関係の似ている気がする。
ランニングマシンは走る速さを決め、一定の速度で勝手に床が動くので一定の速度で走り続けなければならない。
一方、自分で道を走る場合、自分意思によって好きな速度で走れる。疲れてきたらゆっくり走る事もすぐ出来る。逆にすぐ怠けることも出来る。

オーディブルは自分で設定した速度で一定に流れ続け、それを聞き続けなければならない。
読書は自分のペースで早く読んだり、ゆっくり読んだりできる。じっくり言葉を理解したい時は1文字1文字噛み締めて読むことも出来る。

そう考えると一定のペースで集中し続けないといけないオーディブルは大変だなぁとも思う。
単に私に集中力が無いだけっていうのもある。


銀河鉄道の夜を読破し、昼にうどんを作りYouTubeを見ながら食べていたら弟が帰ってきた。
そういえば、テスト期間らしかった。1時半には帰ってくるのか。

そのくせ私とその後2時間くらい一緒にYouTubeを見ていた。

おい、テストは大丈夫なのか。


しばらく見た後、弟とも軽く挨拶をかわし、バスターミナルに向かうバスに乗るためバス停に向かった。

道中、羽虫が凄かった。
しかもよくある球体に虫が集っている蚊柱ではなく、なんか全体的にいる。
霧散してる。

これ、昨日散歩している時もかなりの範囲で羽虫が霧散していて、歩いているだけで服にも帽子にも羽虫がくっついて来たからかなり嫌だった。

蚊柱はあれはメスと交尾したがってメスにオスが集ってアピール合戦しているものという情報を昨日聞いてかなり嫌いさが増したが、普通に羽虫が空気中に霧散してるのも嫌だな。

というか、なんでこうなってるんだ。
なんなんだ、異常気象だから虫たちもおかしくなっちまったのか。


新宿行きのバスに乗りながら残りのオーディブルを聞こうと聞いていたら、あまりにも手持ち無沙汰過ぎて、視界に飛び込む情報が思考の邪魔をして、全然頭に入ってこず、二三回くらい聞き返した。

脳を使わない作業中ならいいが、何もしていない時、聴力にだけ意識を傾けるって意外と難しいのか?

耳に入るものを聞き流すのは日常生活で割の慣れているが、目に入るものを見流すというのはなかなか難しいのかもしれない。

視界を遮ろうと目をつぶったら意識も遮られてしまった。
割と物語も終盤だが、大事な所を丁度聴き逃した気がする。

とりあえず、今日は無理だと高を括って、一応最後まで聞いて、大事な部分は明日ちゃんと聞くことにした。

テキストでも気になったから、普通に本も買うだろう。


バスで寝てたら体ダルすぎ、このまま家まで送って欲しすぎ。



あ、ポッキー買いました。




こんなん書いていたら
もうバイトに行かなくてはならない時間だった。まずい、ご飯も何も食べてないのに。

急がねば。

では。

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