「生まれつきの私」を受け入れるまで 第2話:小さな教室編
こんにちは。「ほのかな灯」という名前で活動している私ですが、今日は私の小学生の話を少しお話ししたいと思います。
幼少期編はこちら。
見た目に悩んだり、何かしら人と違うことに不安を感じたりしている方が、少しでも心が軽くなるきっかけになればと思います。
小さな教室での大きな絆
私が通っていた小学校は、小さな温かいコミュニティのような場所でした。クラスは1つだけで、全校生徒も100人ほど。
その中で私は、兄の友人たちや同級生と遊び、毎日が充実していました。
休日には「ふれあい教室」という集まりで地域のおじいちゃん、おばあちゃんとゲートボールを楽しんだりして、心から楽しい時間を過ごしていたと記憶しています。
自分で立つ覚悟の芽生え
でも、小学生になると、自分で対処しなければならないことも増えてきます。
親がそばにいない状況で、人の視線を直接感じることが多くなりました。
また、スイミングスクールなどの習い事で新しい人たちと出会うたびに、私の顔のあざに気づく人がいて、「どうしたの?」と聞かれることが増えていったのです。
「どうしたの?」に込められた無垢な疑問
そのたびに「生まれつきだよ」と答えましたが、心の中では少しずつ、他の人と違う自分の姿が意識に刻まれていくのを感じていました。
子どもは素直です。
時には他の学年の子や初対面の子から「ゾンビ」「おばけ」と言われたこともあります。
しかし、それよりも胸をえぐるようにつらかったのは、異物を見るような視線でした。
無言の傷、視線の痛み
その視線にさらされるたび、心臓をぎゅっと握りしめられるような痛みが走ります。
目には見えないその傷が、私の心に深く刻まれているのです。
そして、それは大人になった今でも現在進行形で増え続けています。
早く大人になりたい、と思った理由
ただ、当時救いだったのは、大人たちはそのあざに対して無遠慮に反応することがなかったことです。
何かを察してくれているようで、私を傷つけないように接してくれました。
そのため、私は早く「大人になりたい」と、思うようになりました。
大人の世界に行けば、この苦しみから解放されると思っていたのです。
それは後々大きな間違いだと気づくことになります・・
続く