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フリーランスの苦手科目?「今を生きる」「誰かのために働く」をエンタメから学ぶ~映画『ある一生』&ドラマ「次の被害者」
フリーランスとして働く道を選ぶ理由は人それぞれですが、「好きな仕事ができる」「自由に働ける」といった声が多いかと思います。私も好きなジャンルで、好きな仕事ができて今の働き方に満足しているのですが、40代が見えてきた頃から「このままでいいのか?」と感じることが増えました。
やりがいと充実感は自分軸ではかる『ある一生』
そんな「好きを仕事に」(広告のキャッチコピーみたいですが…)を信条とする人にとって、今回紹介する映画『ある一生』の主人公の人生は、一見、求めているものの対極だと思うかもしれません。
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舞台はオーストリア・アルプスにある渓谷の村。1900年頃、孤児の少年エッガーが遠い親戚である農場主の家に送られるところから映画は始まります。
農場主にとってエッガーは持参してきた謝金目当てに預かった“労働力”にすぎません。自分の子供と同列に育てず、何かミスをすれば虐待する。エッガーは、それでも唯一自分を気に掛けてくれる老婆だけを心のよりどころに、逞しく成長していきます。
そんな老婆が他界すると、エッガーは農場主に抗う決意をし、農場を離れて日雇い労働者となります。ちょうどその頃、アルプスの渓谷でも電化に伴うロープーウェーの建設がスタート。エッガーもその工事に従事し、懸命に働きます。
やがて愛する人に出会い、結婚。渇望していた愛と家族を手に入れたかに見えたエッガーですが、思いがけない出来事や戦争といった荒波に巻き込まれていきます。
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タイトルからも分かるように、映画はエッガーの80年におよぶ人生を最後までたどります。
またもや映画のキャッチフレーズっぽく“時代に翻弄された人生”と言いたくなるような、現代を生きる我々の目には“つらく険しい人生”に映る80年です。でも、映画の最後に、エッガーが自身の一生を振り返って総括した言葉は思いがけないものでした。
養父に虐待され、仕事では肉体を酷使。常に命の危険と隣り合わせの厳しいアルプスの自然の中で、多くの死を見てきた彼にとって、死は身近なものであり、未来は不確実なものです。エッガーは、自分を育んだ渓谷と調和して働きながら、その時その瞬間にすべきことや手に入れたいものを捉え、“今”をまっとうしていきます。さらに彼には、心から愛した女性がいた。そうして生ききった80年は、畏怖の念すら抱くほど濃密なものに思えました。
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「好きな仕事」をしていれば幸せ?
私は好きな時間に自由に働けるフリーのライターという職業を選び、好きなエンターテインメントの分野の仕事をしています。海外の映画・文化が好きで、10代の頃から「文化交流の一翼を担いたい」など大それたことを申していましたが、なかなかどうして、振り返ればそれなりに全部かなってしまいました。
でも、エッガーより幸せか、充実しているかと問われると、分かりません。自由に働いているとはいえ、旅行に行っても「ここを見ておけば仕事の役に立つ」などと考えてしまい、楽しむために出かけたはずが、不確実な将来への布石を打つ“作業”にすり替わっていたりします。
常に先のことばかり考えていて、“今”を楽しむことを忘れていると感じることもしばしば。『ある一生』は、今を生きるために働くことの尊さに気づかせてくれた映画です。
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能力を誰かのために役立てる「次の被害者」
今回はもう1作品、最近ハマっていたドラマもあわせて紹介したいと思います。「次の被害者」というNetflixで独占配信中の台湾のサスペンスです。
2020年にシーズン1が配信されて好評を博し、4年の制作期間を経て、シーズン2が6月から配信されています。
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主人公は、アスペルガー症候群の鑑識官ファン・イーレン。並外れた観察力と集中力で、少しの手がかりも見逃しません。しかし、他者とうまく関係を築くことができず、亡くなった元妻との間に生まれた娘ジャン・シャオモンとは長らく疎遠に…。シーズン1は、担当した殺人事件に娘が関わっていることに気づき、そのことを隠しながら、敏腕記者シュー・ハイインらの協力を得て、事件の真相に迫っていくというストーリーでした。サスペンスでありながら、声をあげることができない社会的弱者の苦痛に目を向けた骨太の作品です。
シーズン2は、15年前の事件に起因した連続殺人事件が発生し、あらゆる状況証拠からファン・イーレンに容疑がかけられるという展開を見せます。スリリングな謎解きと同時に、一緒に暮らし始めた娘シャオモンや、特別な間柄になったハイインとの関係など、ファン・イーレンをめぐる人間関係がさらに深掘りされていきます。彼に疑いの目を向ける検察官役でディーン・フジオカさんが出演しており、出番もセリフも多い難役を全編中国語でこなしていることも話題です。
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「誰かのために働く」と決めた
このドラマを紹介したいと思ったのは、シーズン2でのハイインとシャオモンを取り巻く環境の変化が興味深いと思ったから。刑事をほとんどゆする勢いでネタをとっていた記者のハイインが、シーズン2では児童基金の広報になっているのです。
背景には彼女の生い立ちや、取材で出会った少女の存在などもあるのですが、機転の利く性格やフットワークの軽さが生かされた転職です。また、「書く」能力は応用がきくんだなと再確認。ちょうど先日、台湾で会った執筆業をしていた知人の中にも、「書く」「伝える」というスキルを生かして販売の仕事に転職した人がいたり、異業種の広報を複数兼任している人がいたりしました。職種で考えるのではなく、個々の能力を棚卸しして、整理したうえで仕事につなげることの大切さを実感したところです。
それはアスペルガー症候群の特性を生かして鑑識官として一目置かれている主人公ファン・イーレンにも言えることで、サスペンスでもありながら、うまく社会に迎合できない人々が自分のよりどころを見つけていく過程を見つめたこのドラマの魅力の1つでもあります。
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シーズン1でホステスをしていたシャオモンは、自分が関わった事件への罪の意識と、死が身近にあった過去の経験から、シーズン2では遺された人を救いたいと特殊清掃の仕事に就きます。普通の人なら心が折れそうな過酷な現場ばかりですが、「やりたい仕事を見つけた」とどこか晴れやかな顔を見せる彼女の変化も大きな見どころです。
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ハイインとシャオモンに共通するのは、「誰かのため」に働くことを決めたということ。
冒頭にも書きましたが、40代が見えた頃からでしょうか、「好きな仕事がしたい」気持ちだけで働くことには限界があると感じるようになりました。今回紹介した2作品は、漠然と「世の中の役に立ちたい」と感じていたところにクリーンヒットしたというわけです。
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『ある一生』は、シンプルにアルプスの情景が非常に美しい作品でもあるので、暑い夏のひととき、涼しい映画館で観るには最適ではないでしょうか。
「次の被害者」は1シーズン8話構成で、夏休みの間に2シーズン続けて観るのも可能なボリューム。ただし犯罪現場などの描写がかなりリアルなので、苦手な人は様子を見つつ、決して無理はしないでください。そんなビジュアルにもこだわりが見えるキレッキレのサスペンスですが、“家族”や“情”を濃密に描くのは、日本と同じ東アジア文化圏ならではかも。台湾ドラマをご覧になったことがない方は、きっとそのクオリティの高さにも驚くと思います。
『ある一生』
7月12日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
https://www.awholelife-movie.com/
配給:アット エンタテインメント
©2023 EPO Film Wien/ TOBIS Filmproduktion München
「次の被害者」シーズン1・2
Netflixで配信中
画像提供=瀚草影視文化事業股份有限公司
新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
SNS:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/
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