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【映画レビュー】ベテランの再出発は波乱ずくめ⁉ 『声優夫婦の甘くない生活』
フリーランスの皆さんの中には、自分のやりたい仕事にこだわりを持ってお仕事されている方が多いと思います。映画やドラマの分野を中心に手掛けるライター、字幕翻訳者(中国語→日本語)をしている私も、もともと映画好きだったので、仕事が楽しくて仕方ありません。
しかしフリーランスである以上、「いつまで『求められる人』でいられるか?」は大きな問題。「長く稼ぎ続けるため、何を仕込めばいいか」と将来設計に思いをはせているうちに時間が経ち、「まず手元にあるその原稿を素晴らしく仕上げなさい。スケジュールどおりに」と頭の中の小人さんに急かされます。
そんな具合なので、60歳を過ぎてからの再出発を描いた映画『声優夫婦の甘くない人生』(2020年12月18日公開)は、他人事とはまるで思えませんでした。
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新天地でキャリアを再構築…と意気込んだのに
物語の始まりは1990年9月。「鉄のカーテン」崩壊後、より良い暮らしを求めて念願のイスラエルへの移民を果たしたロシア系ユダヤ人の夫婦、ヴィクトルとラヤが主人公です。
二人はかつて、ハリウッド映画やヨーロッパ映画の吹き替えをしてきたスター声優でした。
イスラエルへの移民を決めた背景には、ソ連ではスタジオが民営化され、若い声優に仕事を取って代わられたという苦い事情がありました。イスラエルに行けば、ロシア移民向けのロシア語吹き替えの仕事があり、キャリアを再構築できると二人は思い込んでいました。
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しかし、現実は甘くありません。
移民の増加で、人々はローンや保険のことで頭がいっぱい。加えて、イラクのサダム・フセインによる化学兵器の使用に対する不安が高まり、市民にガスマスクが配布される緊迫した情勢。映画などの娯楽を楽しむ余裕はありません。
しかも夫婦は、イスラエルで使われているヘブライ語が分からない。職を得るには、かなりニッチな需要を攻めるしかありません。新天地で生きていくため、夫婦の奮闘が始まります。
非常事態にどう食いつなぐ?
仕事もなく、十分なお金もなく、言葉も通じず、しかも戦時下。完全に非常事態です。とりあえず食い扶持だけでもなんとかしなければ……と、ラヤが始めたのは、時給のいいテレフォンセックスの仕事。
声の演技のプロですから、初心な乙女から人生経験豊富な熟女まで自在に演じ分ける技術をフルに生かし、あっという間に売れっ子になります。電話してくるお客のニーズを瞬時に聞き取り、七色の声で対応するラヤを演じるのは、実際に声優としても活躍するイスラエルの女優、マリア・ベルキン。
もちろん、どエロいトークで稼いだお金で食べさせているなんて、なかなか仕事が決まらないヴィクトルには内緒です。「電話で香水を売る仕事」だと嘘をつき、夜な夜な働きに出ます。
一方、ヴィクトルがやっと見つけたのは、違法レンタルビデオ店のロシア語吹き替えの仕事。
ギャラは激安、おまけに犯罪なのでラヤは反対しますが、ヴィクトルは吹き替えという仕事へのこだわりを捨てられません。ラヤに“香水を売る仕事”を辞めさせ、声優業に復帰だ!と意気込むものの……。
飛び込む勇気・変わる勇気を持って環境に適応しようとするラヤに対し、華やかな過去の思い出と仕事へのプライドから追い詰められていくヴィクトル。夫に付き従ってきた自分の生き方に疑問を感じ始めるラヤとの夫婦関係にも隙間風が吹き始め、大ピンチ。さあ、どうなる?!
ずっと誰かを演じることに情熱を傾けてきた夫婦が、自分の人生を生きるための新たなスタート地点に立つ。第2の人生の始まりを、声優という職業を絡めて描いた手腕が鮮やかです。
「心の栄養」を届けるプライド
イスラエルで声優の需要がないと言われたとき、ヴィクトルは「心の栄養は?」と問います。
このコロナ禍、「不要不急」と言われつつも、多くのエンターテインメントが暮らしを豊かにしてくれました。ステイホームで見るドラマ配信も話題になりましたよね。そんな2020年のエンターテインメント事業従事者にもエールを送る、映画愛にあふれた作品です。
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時代背景は、「史上初めてテレビで生中継された戦争」と言われた湾岸戦争前夜のイスラエル。小学校の休み時間に、担任教師が教室のテレビをつけ、そこに映し出された多国籍軍によるイラクへの爆撃の映像を見て衝撃を受けたことを思いだしました。
戦闘の中でも市民は働き、ご飯を食べ、懸命に自分の人生を全うしようとしていた――そんな当然のことにも、あらためて気づくことができる映画です。
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『声優夫婦の甘くない生活』
2020年12月18日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
公式サイトはこちら
新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/