#12 そう、探しているのは物件です。
よく、徳島県庁にお邪魔していた。
最初は、瀬戸内おみやげコンクールで最優秀賞をいただいたことを報告に伺った。瀬戸内おみやげコンクールは、広島ホームテレビが主催をされていて、テレビでもたくさん紹介されたため、広島の百貨店のイベントに納品させていただくと、2時間で売り切れるほど認知されていた。
しかし徳島は、広島ホームテレビが映らなくて、告知番組を徳島の方に見ていただくことができなかった。それがとても残念だった。なので、主だったところには自分で挨拶に行こうと伺っていた。
みなさんとても熱心にお話を聞いてくださるのに気を良くして、徳島に行くたびに、県庁にお邪魔するようになった。何度目かの訪問の時、「錦織さん・・・県でどんなお手伝いができますかね?・・・物件、とかでしょうか?」と素朴に質問され、ハッとして、「そう、物件です。物件を探したいです」と答えた。
なぜなら、もう、西麻布の生産体制に限界が見えていたからだ。
レストランが終わるのは、深夜0時。その時間になると、パティシエが出勤してきてお菓子工房に早変わり。深夜の西麻布に、鳴門金時が焼ける甘い香りが漂う。
昼頃までお菓子を作り、シェフが出勤してくるとまたレストランに早変わり・・・24時間体制で1台のオーブンがフル回転していた。
もちろん、作る数にも限界があった。でも、限られた環境の中で、どう工夫すれば、どれだけ作れるのか。いつも試行錯誤していた。
「月へ鳴門へ」は一見、シンプルなお菓子だけれど、凝った工程が驚くほどある。最初、全行程を見せてもらった時には、「上原くん・・・あんたって人は、なんてお菓子を作ってしまったの・・・」とうめいたほど。こだわる上原パティシエを中心に、この工程を簡単にできないか、こうした方が手際がいいかもしれない、それぞれの工程にかかるタイムを計ってみたり、道具を配置する場所を工夫したり、様々試して効率よく美味しいお菓子を作るには、試行錯誤していた。
また、鳴門金時は、当然、徳島から宅急便で送ってもらう。送ってもらった芋を、西麻布でお菓子にして、包装までして、それをまた徳島に宅急便で納品する。
今となっては笑い話だけど、「徳島の実家から『徳島の新しいお菓子よ。美味しいのよ』って送ってきてもらった製造所の住所を見たら、歩いて10分のフレンチモンスターだった」というお客様までいらした(宅急便が東京と徳島と、3回行き来したわけだ)
だから、私たちに必要だったのは、「徳島のお菓子工房」だった。
県の方に、「錦織さん、どんな物件がいいか教えてください。もしかしたら力になれるかもしれません。場所はどのあたりがいいとか、どんな雰囲気の物件がいいとか、教えてください」と熱心になってくださった。
でも、実はその時、ちょっと怖かった。
当時、お菓子の包装は私が担当していたし、徳島に拠点が移ったとしたら、どんな体制で作るのか。資金はどれだけかかるのか。お菓子はたくさん作れるようになるかもしれないけれど、売れるのか。何もかも想像がつかなくて。
そんな風に悶々としていた頃だったか。
お正月に夫の電話がなった。
新年の挨拶の電話だ。
「杉山だったよ。今、徳島にいるんだって。徳島最高ですねって言ってたよ」
現在、フレンチモンスター瀬戸内フードアートの館長として活躍してくれている杉ちゃん。杉ちゃんは、錦織のキャリアの後を追うように、パリのひらまつも経験したし、広尾のひらまつ本店の支配人も経験していた。そして当時は、表参道の人気のフレンチレストランで、支配人として活躍していた。
九州出身の杉ちゃんが、ご夫妻で、お正月に、徳島に行った。
徳島から錦織に、電話をかけた。
私にはよくわかんなかったけれど、長年付き合いのある男同士。
それは、一緒に仕事をしたいってことなんだって夫が言った。
男って・・・わかりづらいな。
でもこのお正月から、ゴロンと車輪が前に進んだ。
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