#8 あなたのその考えは、心配だね。
錦織のフレンチモンスターが何やら始めたらしいということはメンターのUさんの耳にも入ったらしい。Uさんは錦織のことをとても可愛がって目をかけてくださっていたお客様。
「お嬢。今、麻布十番にいるからお菓子2つ持ってきて。今すぐね」と電話が入った。
Uさんは、暇そうにしてるほうの錦織=わたしを、時々こんなふうに呼び出しては、いろいろ教えてくださる。
私もUさんの豪快な武勇伝を聞くのが大好きで面白がって話を聞くせいか、
贔屓にしてるお料理屋さんにご一緒させていただいたりすることもあった。
「料理人ってさ、客席埋まってないとつまらないわけだよ。だからキャンセル出るとすぐに僕に電話がかかってくる。僕はね、一度もそれを断ったことがないんだ」
その料理屋は、財界人から芸能人からすごい顧客を抱えてらして。その大将が、カウンターの数席を埋めるために、電話をかけまくる。
お前たちはそれだけ本気か? さりげない会話に耳をすますと、そんな教えを嗅ぎとったりする。
だからその日も、覚悟を持って麻布十番に向かった。
いつもの喫茶店に入ると「早かったじゃない! 何できたの? え? タクシー? じゃあ、儲けはないな」と先制パンチ。
そして、周りにいる人たちに、「こちらのお嬢が作ってるお菓子、食べてみて。美味しいから」って配りまくる。
コーヒーをご馳走になりながら、審査経過のことや岡山での商談会について報告。うんうん、と笑顔で話を聞きながら、それでこの先どうするのよって聞かれ、
「私、このお菓子、ちゃんとした雰囲気の場所で扱っていただこうと思ってます。売る場所を選ぼうと思って」
たくさん数が作れない自分たちのキャパの小ささもあって、強がってそんなふうに答えた。
すると、普段のお茶目な笑顔が影を潜め、Uさんは、真剣な面持ちで言った。
「あなたのその考えは、心配だね。
商売はね、欲しいと言われたら渡すんだよ。あなたのお菓子を置いたら、その場所の価値が上がった。商品のおかげで、売り場が華やいだ。そう言ってもらえるものを作らなきゃ。欲しいという人みんなに渡しなさい。渡せるようになりなさい」
この時から。
私たちが作っているのは、お菓子であってお菓子じゃない。提供するのは、徳島が盛り上がるための起爆剤なんだ。そう思うようになったのでした。
・・・
Uさんに最後にお会いした時、新作の「鳴門第二ボタン」をお持ちしたら
もう召し上がることもできなくて。
周りにいらした奥様はじめ皆さんに「食べて、食べて。どう? 美味しい? そう、美味しいか! これはいいなあ。これはいいなあ」って褒めてくれた。
「このパッケージがまた素敵じゃない!錦織さんは昔から本当にセンスがいいのよね」と奥様がいうと、
「錦織もすごいけどね。このお嬢がね、なかなかのもんなんだよ」とニヤリと笑顔を向けてくださった。
鳴門の工房をご案内することも叶わなかった。
お世話になっているお取引先皆さんのところにもお連れしたかった。
「お嬢はね、結構すごいんだよ」って誉め殺ししてくれたかな。
それとも、
「もっと大きいことしないとつまんないだろ〜」って言ったかな。