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#10 物語は、誰のためのもの?
瀬戸内おみやげコンクールで最優秀を受賞したことが徳島新聞で取り上げられると、徳島で唯一「月へ鳴門へ」を取り扱っていただいていた松浦酒造さんに問い合わせが増え、お菓子を求め来てくださるお客様が現れた。
「商品の取り扱いの問い合わせも入りましたよ。マダム、この方に連絡してみてください」と、松浦酒造の若林さんが連絡をくださることも。そうやって、数珠つなぎのように、「月へ鳴門へ」のお取引先が増えていった。
こちらからアプローチをすることもあった。
最優秀賞が効いて、「西麻布で作っている」という懸念を指摘されたことはなかったけれど、必ずと言っていいほど
・賞味期限の短さ
・冷蔵であること
がネックとなった。
その店長さんにご案内した時にも、「こんな商品、扱ったことないんですよ。賞味期限1ヶ月、いや、3ヶ月って物がほとんどです。美味しいのはわかるけれど、どう判断していいかわからないなあ〜」と不安そう。
すると、パーテーションの向こうから、「面白いじゃない」と男性がヌッと現れた。「僕たちがやらなきゃいけないのは、もしかしたら、こういう新しいことだったんじゃないの。手作りなんて、面白いじゃない。パッケージが手書きなんて、他にないじゃない。やってみようよ」
取締役の方だった。
話に乗ってくださって、導入を決めてくださるのは、責任者の方がほとんどだった。ひとつアイテムを増やす、という以上に、「新しいチャレンジに取り組む」という思いを持って導入してくださったお店が多かった。
ありがたかった。
お菓子について、徳島のお土産について。何も知らなかった私に、商い慣習や納品書や請求書の書き方まで、全部、卸先のみなさんに一つひとつご指導いただいた。
これまでは勝手に自分たちだけで孤軍奮闘していたけれど、一緒に盛り上げてくださる、同じ目的を共有できる仲間が増えたようでうれしかった。
私たちが作っているのはお菓子であってお菓子ではない。売り場が盛り上がるための起爆剤だ。お店の方とお客様がコミュニケーションをした結果、商売繁盛に繋がる種。それを東京で、私たち自身も体感していた。
東京でも、お友達がお持たせでお渡ししてくださったことをきっかけに、「期間限定のポップアップ販売をやってみませんか」と声がかかった。
渋谷の駅前にある百貨店・ヒカリエだ。
地下には広いお持たせのためのお菓子売り場があって、そのうち4ブースほどが、1週間限定のポップアップとなる。上階には名だたるIT系の企業のオフィスが入っていたり、大型の劇場も有しており、東京随一の文化発信拠点。徳島を多くの方にご紹介するチャンスだ。
毎週徳島に送るお菓子を作るのに精一杯の毎日だったけれど、なんとかこのチャンスをつかみたいと、大勢の方にお手伝いいただいて、1週間の会期を乗り切った。
私も1週間売り場に立ち続けた。売り場が終わると、その間に作っておいてもらった翌日分のお菓子を包む。ほとんど寝る間もなかったけれど幸せだった。
渋谷ヒカリエのお客様は新しいものに好奇心いっぱいに、「これ、なんですか?」「月へ鳴門へって初めてみたけれどどんなお菓子なの?」ってブースに近付いてくださる。
西麻布で故郷・徳島のレストランを始めたこと。そのお持たせのお菓子を作ったこと。コンクールで優勝したこと。いつか徳島にお菓子工房を持ちたいけれど、今は西麻布の1台のオーブンでフル回転で作っていること・・・たくさんたくさん、何度も何度も説明した。
百貨店のポップアップで、いちばん嬉しいのは、近くの売り場のスタッフの方が、「お姉さんの説明聞いてたら、もうたまらなくて!休憩時間用に1つください」って言われた時。心の中で大きくガッツポーズする。
休憩から戻られて、「本当に美味しかった〜。ところで営業トークのマニュアルとかあるんですか?」と聞かれることも。どうやらポップアップの売り場には専門のマネキン派遣のスタッフの方が立つことが多いらしい。私たちにはそんな余裕ないので、自分たちで企画して、作って、包んで、今ここにいることを説明すると、無茶苦茶驚かれた。そして、「だからあんな風に説明ができるんですね」って言われた。
お客様は、お菓子の物語に興味を持ってくれて、お菓子を買ってくださる。「物語マーケティング」なんて言葉、よくあるけれど。実は物語は、お客様のためじゃない。自分たちが楽しむためのものかもしれないな、と思う。
それから売り場でいちばん驚いたのは、買うことを決めたお客様が、ブースの前で指折り数え始めることだ。「あの人にも、それから隣のあの人にも渡したい」と。
お客様が、ご自分のご予算で、私たちのお菓子を多くの方に広げてくださる。お客様の手から手へ、私たちのお菓子が、遠く、遠くへ旅をする。普段、レストランで仕事をしている私からすると、奇跡みたいな光景だった。
上階のオフィスから来てくださるお客様の中にはリピーターになってくださる方も多く、「今日は取引先に持っていきたいから、今すぐ5袋ちょうだい」「グループみんなのおやつの時間に配りたいから2袋ください」「今日は1つしか買えないけれど最終日にはもう一度来るから、頑張ってね」と差し入れしてくださる方まで。
お客様とのやりとりが本当に楽しくて。
徳島のみなさんも、こうやって楽しんでご紹介いただけてたらいいなあ。
お菓子の事業って楽しいな、と実感する毎日だった。