「九条林檎」を応援するということ

巷で「バーチャル蠱毒」とか「デスゲーム」とか呼ばれているイベントがある。
正式なイベント名は「最強バーチャルタレントオーディション〜極〜」。予め用意された5人のキャラクターの中の人、いわゆる「魂」を公開オーディションで決めるというものだ。

企画会社の一つ(SHOWROOM)は前に別の公開オーディションで出来レースをしたのではないかという疑惑があったり、今回も1位の「魂」がそのまま選ばれるのではなく、上位者と審査員の選んだ特別枠から最終面接を行って決定すると明言されていたり、人気があるから「魂」に選ばれるとは限らないつくりになっている。
そういった意味では蠱毒やデスゲームとは少し意味合いが変わってくるような気はするが、まあ本題ではないので置いておこう。
ちなみに、出来レース疑惑に関しては以下のようなまとめが残っている。

さて、そんな中で非常にキャッチーな性格付けをし、それほど興味を持っていなかっただろう野次馬層を見事にファンとして取り込んで、スタートダッシュイベント(予選ですらなく順位には全く影響しないが知名度を稼げる)を下から数えた方が早い順位から見事一位にまで上り詰めたキャラクターがいる。
それが「九条 林檎 No.5」だ。
彼女の強かさは最初から決まっていたキャラクターの大まかな設定、方向性と、今回のオーディションという背景を巧みに利用して本来想定されていたであろう顧客層以外から人を呼び込んだところに出ている。
何をどうすれば人を呼べるのか、考えて計算して実演して、そして見事に成功させた。
正直なところトークそのものは他の上位メンバーと比較すると物足りない部分も多い。しかし本人もそれを自覚した上でそれ以外で人気を出す方法を見つけ出したのだから、人気が得点になる今回のイベントにおいては正しいと言えるだろう。
尤も、彼女の目的は人気を得ることだけでなく、イベントそのものの参加者を増やすところにもあるようなので、そういった意味では最終的に自分自身のファンが伸びずとも参加者全体でのファンが増えれば万々歳なのだろう。

しかしながら、集まったファンの興味の向かうところは、実は一定ではない。
キャラクター自身のファンになった人もいれば、「魂」に興味を持ち、「魂」を好きになり、イベントの勝利を大して望んでいない人たちもいる。
キャラクターが好きだからこそ、物語としての完成度を意識して敗者となることを望んだり、そこまでいかずとも敗者となってもおいしいと考えている人も多いようだが、そうではない。「この魂にはこんなイベントは似合わないので別のイベント、別のキャラクターで再出発すべき」と言っている人たちだ。

今回のオーディションは、ただ中の人の資質を見るだけではなく、実際にそのキャラクターを演じさせ、番号を振り分け、そして選考から漏れるとその「魂」の演じていたキャラクター性はなくなってしまうだろう点が通常とは違う。選考段階で既にそれぞれ質の異なる複数のキャラクターが生まれてしまっているのだ。
蠱毒やデスゲームといった呼称がついてしまったのも、この一度は人前に出てきたキャラクターが消えてしまう点に注目が集まったからだろう。
大勢の中から一人の勝者を決めるオーディションそのものは別段珍しくもないが、そのように呼ばれることはない。なぜならオーディションの参加者は敗退しても別のオーディションに参加することが可能だからだ。

このイベントは違う。「魂」は別の場所で再度何かのオーディションに挑むこともできるだろうが、ここで生まれた「キャラクター」は他のところでチャンスを掴むということはできない。
「魂」に転生の機会はあったとしても、「キャラクター」には存在しない。だからデスゲームと呼ばれるのだ。
だからこそ、その一過性を見事にキャラクターとマッチさせた九条 林檎 No.5がウケたとも言える。

しかし、今回のイベントをただのオーディションだと考えている人たちはキャラクターのことなど考えていない。この「魂」はすごい、この「魂」は他でも活躍できる、だからこんなイベントじゃなくてもいいだろうと気軽に言ってしまえる。
彼らの目には「魂」は映れど「九条林檎」は映っていない。
それはオーディションとして見れば正しいのかもしれないが、あまりに寂しい。だって他でもない「魂」が「私は九条林檎である」と言っているのに。
「魂」自身の言葉が彼らには届いていないのだ。

確かに、九条 林檎 No.5を演じているのはとても能力のある「魂」だと思う。企画力も実践力も高く、ファンのみならず他の参加者まで巻き込み、そしてイベントが終わった後のこと、これから先のことまでも見据えて動いている。
本来であれば運営が考えるべきである今後発生しうるなりすましに対しての対策や、応援したりファン同士で交流して盛り上がりたいファンのためにツイッター上のハッシュタグを提案したり、興味を持った人へ他にどのようなキャラクターがいるのか紹介をして視聴を促すことも多い。
どうすれば自分の推しを応援できるか、ポイントの送り方や稼ぎ方なども画像つきで親切丁寧に解説している。これは本当に運営がやるべきことだと思う。イベントトップの応援方法では正直全く分からない。
これは自分のことだけを考えていてはできないことだ。しかもそれらの配慮は高貴であるという設定とも乖離しない。ノブレスオブリージュ、高貴なるものの義務、責任として聴衆への気配りをするのは当たり前だとも言える。
同時に運営に対して少し心配になってくる部分もあるが、まあそこも本題ではないので置いておこう。
「魂」は他でも機会さえあれば活躍できるだろうし、「魂」そのものにとても魅力があることは間違いない。

「魂」の目的としては自分の名前を売ったり知名度を稼いだりといったこともあるのかもしれない。
そういった思惑そのものはあって当然だし、なんら悪いことではない。仮にもし意図があったところで表だって口にはしないだろうし、そのような思惑がそもそも存在しない可能性もある。
しかし、それだけではできない、イベントそのものを盛り上げ、注目を集め、そして成功に導くための努力を彼女はしている。
彼女は何度もイベントの趣旨は最初から説明されているし、何なら出来レースの可能性すらあるし、自分のような扱い辛いキャラクターが当選する可能性は低いと自ら断じている。己の立ち位置を悲しいくらいに理解している。
しかし彼女はそれを肯定して、このイベントを一緒に楽しもうと語り掛ける。自分のファンになる必要はない、ただ、この刹那で狂気的な催しそのものを楽しもう。一瞬の輝きを愛そう、と。

これだけイベントに対して真摯に、誠実に向き合い、全て納得の上で全力で挑んでいる彼女に向けて「なぜこんな(ろくでもない)イベントに参加したんだ」「あなた(キャラではなく魂)ならいくらでも他の方法があるだろう」と無責任に言うのは、彼女のファンとしては正直「ちょっと頭冷やそうか」と言いたくなる。
と言うか、ことこのイベントにおいて、キャラクターを無視して「魂」にのみ語り掛けるのは正直参加者とは呼べないとすら考えている。彼ら自身も参加者とは思っていないような気はするが。
「魂」そのものを応援することは全く問題なければ自分も応援しているが、それはそれとしてまず目の前のキャラクターも、好きにならなくてもいいからその目に映せ、焼き付けろと声を大にして主張したい。
だって、「魂」が叫んでいるではないか。「私」は魅力的なのだ、「私」は素晴らしい、と。
「魂」のファンであるなら、まずは「魂」の声にこそ耳を傾けるべきではないのか。
これだけイベントに注目が集まったのは、「魂」の素晴らしさだけじゃない、「九条 林檎 No.5」が魅力的だから注目が集まったのだ。

たとえこの先どこかで「魂」が活躍することがあったとしても、それはその「魂」と何か別のキャラクターの活躍であり、今ここにいる九条 林檎 No.5は他のどこにもいない。ここにしかいない。
イベントそのものを好きになれなくてもいいし、「魂」そのものに惹かれるのだって当然だ。他の九条林檎を好きになることだってあるだろうし、そもそもイベントの参加者は九条林檎だけではない、他にも4人のキャラクターがいる。
でも、もしあなたが興味を持っているとしたら、まずはあなたの目の前にいる、番号を振られたそれぞれの「キャラクター」を視界に入れてあげてほしい。ここにしかいない、今ここでしか会えない、「器」と「魂」が揃って初めてそこに生まれる「キャラクター」を見てほしい。
好きになれとは言わない。ファンになれとも言わない。でも、その存在そのものを見てもらえないのは、タレントになろうとしている彼女たちにとってきっと何より辛いことのはずだから。

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