見出し画像

闘病記(48) KURUMI

タイトルをローマ字にしたら、何やら地底深くに設置された人工知能のような表記になった。「くるみ」でも「クルミ」でもよかったんですが、これはこれでなんだかかっこいいのでこのままにしておきます。さて、なぜ「くるみ」かというところが今日の本題。
 ある日、リハビリの時間。担当の理学療法士Tさんがとても興味深い話をしてくれた。それは、ゴキブリについてのことであった。
 ゴキブリ嫌いの人にとっては、(好きな人は非常に稀だと思うけど。) ゴキブリと言う活字を見ることも耐えられず、この先を読んでもらえないかもしれないので、彼らの事は「G」と呼ぶことにしよう。
 さて、理学療法士Tさんの話を簡潔にまとめさせてもらうと、(例によって、自分の記憶だけを頼りに書き進めていくので間違っていたらごめんなさい。)「G」には、脳がないらしい。それにもかかわらず、歩いて移動することが上手だ。
 「赤松さんが歩く練習をする時も、一歩一歩、歩みを進めるごとに足を出す位置、スピード、バランスなどを「考える」のではなく、まず、「歩くイメージ」をつかんではどうか。そう、「G」の如く。」というのがTさんのアイディアだった。
 その練習のためにTさんが選んだ器具が、リハビリ病棟のほぼ中央にある「トレッドミル」だった。もちろん、普通のトレッドミルとは異なる。自分は、自身でバランスをとり歩行することができてない。そこで、体にハーネスをつけ(初めて見た時は救命胴衣かと思った。)トレッドミルのベルトの部分に足が接地するところまでハーネスで体を支え、バランスをとり、足を回転させることになる。つまり、ハーネスにほぼ全体重をかけてぶら下がる。そんなわけで、ハーネスの着脱は調節が容易ではなかったし、何やらガチャガチャと金属やらベルトやらで固定された記憶がある。
 トレッドミル使用初日。Tさんも自分も、ちょっと張り切っていた。「Gにできて、オレにできないわけがない。良いペースで足を回転させてやろう」と思ってた。
 ところが、どうもTさんの様子がおかしい。「あれ?」「えーっと。」「おかしいなぁ」のような言葉が続いた。その間、自分は、身長よりも高い位置に設定されたハーネスを身に付け、トレッドミルの上にふらりとぶら下がっていた。(足は着いていたし、当然危険な状態ではなかったのだが。)
 「Tさーん。早くおろしてよー。くるみ割り人形のマスコットみたいになってるよ。」
「ごめんよー、赤松さん。あぁ、もっとちゃんと練習しとけばよかったなぁ。」
「Tさん、それは口に出してしまわない方が良い(笑)。」
 とか言っているうちに、高さの調節はバッチリになり、トレッドミルでのトレーニングが開始された。その気持ちよさといったらなかった。自分の二本の足だけでかなりのスピードで闊歩しているかのような爽快感。夢中になるうちに、心の中は無になっていった。
 リハビリを終えた帰り、
「Tさん、明日もくるみを使ってトレーニングできるのかな。」
と尋ねると
「使うよー。これから、どんどん使っていくからね」
と言う答えが返ってきた。
 「くるみ?何それ?」
と言う答えが返ってこないことが無性に嬉しかった。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?