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闘病記(44) 真夜中の記憶

 
「何という気持ちの良い朝だろう。ぐっすり眠るとこんなに頭がすっきりとするものなのか。」充実感のような不思議な気持ちと共に目を覚まし天井を見つめていた。横になっている自分の右側から光が差し込んで、「きれいな朝だな。こんな気持ちになれたのは久しぶりだ。」そう思っていた。その時、
「おとーさん、起きた?」
と言う声が聞こえた。天井を見つめていた視線を、反射的に声のするつま先の方へと向けた。両側に2人の男性の姿が見えた。2人とも、ベッドの柵の上に両腕を置き、その上に顎を載せ、顔を少し傾けてこちらを見ていた。2人とも日ごろから見慣れた顔でどこか安心感のようなものがあったのかもしれない。「何が起こったのだろう?」とは全く思わなかった。それどころか、「レナードの朝」という映画を思い出していた。映画の内容が分かってしまうので、これ以上は書けないのだが。
 「おとーさん、昨夜のこと覚えてる?」
「昨夜のこと?」
「赤松さん、昨日の夜のことを本当に覚えてないの?」
「・・・?」
ベッドの天板に枕を立てかけ、少しだけ体を起こすと彼らの目線の高さとほぼ同じになる。向かって右側が介護福祉士の男性で、左側は看護師の男性だった。目が覚めた瞬間に夜勤明けで疲れきった2人の病院スタッフから短い言葉で質問を受けている自分を「なんじゃ?このシュールな状況は?」と思うとともに、「あーなんだかきれいな光景だな。」と思ってもいた。
 「こりゃ、本当に覚えてないらしいね。」
看護師の男性が介護福祉士の男性に笑いながら言った。
「だね。」
介護福祉士の男性も笑って応えた。そして
「おとーさん、昨夜、尿に溺れて死んじゃうとこだったよ。(笑)あ、なんかこんな歌あったね?尿に溺れて〜♪ 」
と歌いだした。
「(笑)ファンの人にしばかれるよ。・・もしかして俺、昨夜またおねしょしたの?」
「おとーさん、500mℓは出てたよ。首まで浸かってた(笑)。」
介護福祉士の男性が、わざと目をまん丸に大きく開いて言った。
「体をきれいに拭いて、着替えさせて、シーツとか布団とかマットもきれいに取り替えて。で、その間、赤松さんは、一旦車椅子に座ってもらってたんだけど…。傍目には熟睡しているように見えて。もしかして覚えてないかもと思ったけど、やっぱり覚えてなかったね。(笑)
あれから眠れてないんじゃないかと心配してたけど、この分だと大丈夫そうだね。」
看護師の男性は、本当に安堵した表情と声だった。2人とも夜勤をしながら、ずっと自分のことを気にかけてくれていたのだろう。
 2人が立ち去った後、女性の看護師さんが検温に来てくれた。彼女もまた夜勤明けだ。
 「昨夜はごめんなさい。またご迷惑をおかけしたみたいで…。」
自分がそう言うと、
「ぐっすり眠れてよかったのよ。何も謝らないといけないような事はしてないよ。ずっと眠れてないと言ってたもんね。よかったのよ。」
笑顔でそう言ってくれた。
 病棟スタッフの優しさに支えてもらい、何とか持ちこたえていたが、己のふがいなさにどんどん自分のことが嫌いになっていった。昼間、起きている間は尿意をとらえることができるのだが、夜眠ってしまうと全くわからなくなるのだ。
 50歳だと言うのに、オムツをつけ、おねしょに悩んでいる自分の姿など想像したこともなかった。なぜ自分はここにいるのか?もう、ここからどこへも行けないんじゃないか。そんな考えが頭の中をぐるぐると巡った。
 そう考え、落ち込んでしまっていた時に介護福祉士の男性がひとつ提案をしてくれた。
 それについてはまた次回以降で。
 

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